よくある令嬢転生だと思ったら

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「……ふふ、滑稽ね」 無意識に力が入っていたのか、切れた唇から零れる血を拭いとったエルシャールは鏡に映る自分の本来の姿を見て笑った。 鏡越しに自分の赤い瞳と目が合う。 切れた唇から零れる血よりもずっと赤いそれにエルシャールは思った。 みすぼらしい外見に似合わない輝く宝石。 ――まるで、呪いの血の色そのものだわ ♢♢♢ 起きてすぐには気が付かなかったが、よくよく見ると、エルシャールは不健康なほど痩せこけ、肌はかさついて不健康そのものだった。 侯爵令嬢ならもっと贅沢をして美しく着飾るのが普通なのに。 「まるで骸骨に皮を張り付けたみたい」 そんな風に自分を卑下して、エルシャールは痛む身体を動かして立ち上がると、着古されたネグリジェを肩から落とした。 「わぁ……」 胸の下から、膝の上まで。 下着だけの姿になったエルシャールは言葉を失っていた。 丁度ドレスでは見えない場所を狙ってつけられたであろう生傷。 鏡に映る貧相な身体には見るに堪えない傷跡が無数につけられていた。 道理で身体を動かすたびに痛みが体中を駆け巡るわけだ。 「……ここまで出来たら逆に清々しいくらいね」 恐らく社交の世界に支障をきたせないように配慮されたのであろう暴力の痕。 それらはこの家でのエルシャールがどんな立場なのか、説明されなくてもすぐに理解が出来る要因の一つになりえた。 特に背中はひどかった。 サンドラのヒールによる鬱血が目立たなくなるほど、エルシャールの背中には鞭の痕や何かを押し当てられた痕が所狭しとつけられていた。 彼女が何をしてどうしてこんなに暴力を受けているのか。 エルシャールの記憶が戻らない事には話にならず、紘子には全く想像できなかった。 (普通なら転生と共に元の身体の記憶も戻るはずなのに……) 透き通る肌に痛々しく残る傷跡に触れながら、紘子はエルシャールの境遇に同情していた。 自分も似たような経験がある分、エルシャールの気持ちがよくわかる。 「とりあえず考えるのは後にして、ささっと準備をしないと……」 自分の状態を一通り確認した後、エルシャールは痛む身体にベッド脇に置いてあった美しいドレスを身に着けた。 どこぞの物好きなソレイユ様は存じ上げないので判断しかねるが、デリスの機嫌をあれ以上損なうのはよくないだろうと見越してのことだった。 パニエや見た事もない下着があるかとひやひやしていたが、エルシャールに与えられたのは淡いブルーのドレスだった。 現代の服と同様、被って着るタイプのそれはネグリジェと差支えない程のボリューム感で胸元を強調する娼婦ドレスに似ていた。 装飾が派手で趣味の悪いドレスの裾をつまんでエルシャールはくるり、と鏡の前で一周した。 鏡に映るエルシャールに紘子が微笑むと、紘子の意思に反して無表情なエルシャールがじっと紘子を見つめていた。
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