第一章 エリート精鋭集団に放り込まれて

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第一章 エリート精鋭集団に放り込まれて

 午前の診療を終え、ケアステから社食まで続く長く白い一直線の廊下を歩いていた。 「見事ね、おめでとう! 今、手が離せないからあとでね」    先輩看護師から通りすがりに声をかけられたと思ったら、スニーカーの底がせわしい音を立てて、あっという間に消えた。  阿加 麻美菜(あか まみな)、クリーレンに入職して一年目の秋。  鈍くさくてのんびりおっとりドジばかりで、今の今まで称賛されたり祝福の言葉とは無縁。  誰かと間違い? 「ユリちゃん、今、先輩おめでとうって言ったよね、私に」 「麻美菜、いよいよ結婚が決まった?」  私の隣を軽快に歩くウキウキしている声の主の顔はニヤけているだろうと、歩きながら首を伸ばして仰ぎ見た。 「含み笑いはなに、ユリちゃん?」  まだ恋愛未経験の私がどうやって結婚するの?  年齢イコール彼氏なし歴でニ十三年間きた私のことは、同期で同じチームで半年も一緒にいるユリちゃんが一番知っているでしょ。 「おめでとう、自分から理事長に言い寄ったの? 虫も殺さないような顔してよくやるわね」  見知らぬ看護師にすれ違いざまに冷たい目で乾いた微笑みを浮かべられた。 「今の看護師、どこチームの誰だよ、知らん奴」  ユリちゃんが胸もとから振り返り、歩きながらずっと睨んでいるから落ち着かせる。 「お爺ちゃんみたいな歳の理事長と寝てんのね」 「見た目、子どもじゃん、ヤバっ」 「あなたが理事長のお気に入り? 理事長、趣味悪っ」  「理事長の大好物の多き乃の大福で釣ったんじゃないの?」 「食べ物に釣られちゃうって笑える」    風を切るように堂々と足早に歩くユリちゃんに遅れをとらないように歩く私を取り囲むようにして、三、四人の看護師がついてくる。    捨て台詞って言葉がぴったり。言いたいことを言うだけ言って、廊下に唾を吐くように言葉を吐き捨てて行っちゃった。 「次、言ったら覚えてな」  骨格ががっちりして筋肉質のユリちゃんが言うと迫力がある。 「ねえ、麻美菜見てよ、掲示板の前の人だかり。うちらも見に行こ」 「うん」  見上げるほど背が高いユリちゃんの足に追い付くのは大変。    掲示板の前で人波の中を必死につま先立ちをする私の横で、152センチの私より頭ひとつ分大きなユリちゃんが、「えええ!」って声を上げた。 「ユリちゃん、なんの騒ぎなの?」  明るいユリちゃんはちょっとしたことでも、よく声を上げる。  子犬大好きなユリちゃんのこと。またパピーのしつけ教室のお知らせかな。 「主役登場、阿加ちゃんおめでとう、やりがいがあるチームだから頑張ってね」 「応援してるからね、阿加ちゃんなら出来る」 「大抜擢だな、泣きながら鍛えられて来い」  掲示板を見ていたベテラン獣医師と看護師さんたちが、あちらこちらから口々に声をかけてくれた。  これが、さっきからの“おめでとう”の原因か。  二十三年間生きてきて主役なんて無縁のまた無縁の控えめな人生。  地味な私が主役? 
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