第一章 エリート精鋭集団に放り込まれて

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「泌尿器科の波島 朝輝(なみしま あさき)。院長のチームだよ、よろしく」  今度、私が行くところだ。院長チームの先生なんだ。  色素が薄い肌の白さを際立たせる外見は、すらりとした少年体型で全身から醸し出される雰囲気はチャラい。  獣医と看護師じゃなかったら一生会うことはないんだろうな。   人の懐への入り方の距離感がチャラい。  文献を鷲掴みしている左手が、ごつごつしていて浮き出る血管。  外見に似合わず意外と男らしいんだ。 「ねえ、阿加ちゃん」  軽い、音符が弾むように私の名前を呼ぶ。 「阿加ちゃんですか?」 「僕からは麻美菜ちゃんって呼ばれたいの?」 「麻美菜ちゃんってどうしてですか?」 「ノリだよ、深く考えないで」  やけに愛想が良いから警戒しちゃう。院長チームには二人もチャラい先生がいるの? 「阿加ちゃん。女の子の名前は一度聞いたら忘れない主義なの」  上京して来て仕事以外の話を男の人とまともにしたことがないし、男の人から麻美菜ちゃんなんて大人になってから呼ばれたためしがない。 「可愛いね。ってか、いつも言われてるから響かないか」  自己完結して、くすくす笑う瞳が無造作な黒髪の間から見えた。 「さあ行こう」って当たり前に腰に触れてきて歩き出すから自然に私の足も歩き出す。 「私と歩いていたら嫌じゃないですか、みんな見てます」  横を歩く波島先生の顔を仰ぎ見る。 「阿加ちゃん可愛いからね、自信もって。顔を上げて視線は真っ直ぐ前」  顎先に触れられたら、頬から耳のほうまで電気が走ったみたいに熱い。 「波島先生」 「僕のことは朝輝先生って呼ぶんだよ。うちのチームは親睦を深めるために、先生は下の名前で呼ぶルールなの」  ちゃんと覚えておかなくちゃ。 「朝輝先生」 「ん?」  この人なんなの? どうして私が阿加だと分かったの? 「言いかけてやめる戸惑った困った顔まで可愛いんだな。こんなに可愛い子を見つけられなかったなんて、一年無駄にしてたわ」  ジェスチャー付きで話すのもチャラいなぁ。 「で、なに?」 「あの」  私のことが分かったことより、もっと重要なことを聞かなくちゃ。 「私の異動の理由分かりますか?」 「アミダだよ」 「やっぱり......」 「がっかりしないで、冗談だよ」 「同期の子も同じことを言ったんです」 「それって、男?」  返事のしるしに首を横に振る。 「可愛い子を見ると、ついからかうのは男も女も関係ないんだな。男だったら嫉妬した」  いずれチームの誰かが教えてくれるよね、朝輝先生は諦めた。   「なにか床が摩擦でキュッキュ鳴る音が聞こえてきません?」  眉間にシワを寄せ、耳を澄ませていたら慌ただしいシューズのこすれる音がだんだん近付いて来た。  深緑のスクラブの上からドクターコートを身にまとった女医が、裾をはためかせながら目前から猛ダッシュして来る。 「朝輝先生、危ない! よけてください!」 「大丈夫、僕の前で上手に止まるよ、あの人」  余裕綽々の朝輝先生の前で華麗に止まった、本当に。
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