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4 昭和18年12月 賢治の決意と写真館
仕事から帰ってきた母が、むせび泣いている。
「正一くんに赤紙が届いたのですって」
正一くんと言うのは、叔母さんちの息子で私たちとは従兄弟にあたる。
賢治とは二才歳違いだった。
「まだ二十歳だと言うのに……」
呟く母を、奥の部屋から出てきた賢治がたしなめる。
「そんなことを言ってはなりませんよ、お母さん。僕はお父さんがお国のために戦死したことを名誉に思っています。お国の為に戦う事は名誉な事なのです」
泣いている母の肩に手を置き、いたわりながら賢治が毅然として言う。
父は昨年12月、異国の地で戦死していた。
父の隊は全滅だったらしい。
遺骨、所持品もなかった。
「年が明ければ、僕も19です。僕にも近々召集令状が届くでしょう。その時にそのように泣いて欲しくありません」
自分に言い聞かせるように穏やかに、しかし、強い意志を感じさせる言い方をする賢治は、今まで見たことがない弟の姿だった。
いつの間に、こんなに大人になっていたのだろう。
私の知らない間に。
いつだって私たちは二人で過ごしてきたのに。
私を残して、賢治は一人大人になっている。
母は手ぬぐいで涙を拭うと口元を引き結んだ。
その様子を見ていたら堪えきれずに、涙が溢れる。
「欲しがりません、勝つまでは」
最近しきりと国策標語で使われる。
物などいらない。
だけど、弟や大事な人を欲しがってはいけないのだろうか。
言葉にすれば特別高等警察に、国策に従わない戦争反対非国民として捕らえられるだろう。
「さあ、涙を拭いてください。これから僕達は写真館に行くのですよ。まだ出征前です。嬉し涙は出征まで取っておいてください」
穏やかに優しく母と私を促す賢治。
私たちは持っている服の中で一番きちんとしている物を身に着けて、賢治と写真を撮った。
後日、淡い笑みを浮かべる賢治と母と私の写真が数枚、出来上がった。
「良く撮れているじゃありませんか」
写真を見て、満足そうに賢治が微笑んだ。
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