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鳴り響くインターホンの音に目を覚ました。俺はベッドから身を起こす。
「ふぁい」
あくび混じりに玄関扉を開いた。が、目の前には誰もいなかった。
「聞き違いか?」
一歩外へと足を踏み出した、直後、
「おっと」
足元の何かにつまずいた。
「何だこりゃ?」
一抱えほどのダンボール箱だった。
「まさかこれが?」
その場にしゃがみ込む。
「置き配も可にしてたし、間違いないか」
ダンボール箱を抱え上げ、リビングへと向かった。
「よいしょっと」
机の上にダンボール箱を置き、椅子に座る。廊下の奥をうかがう。妻の気配は全く感じられない。壁に掛けられたカレンダーに目を移す。今日から三日間『大学病院で不妊検査入院』と、予定が記されていた。
「そんなに俺より子供が大事か?」
歯ぎしりしてから、ため息をついた。
「……まぁ良い、ひとまず今はこれを」
ダンボール箱に貼られたテープを剥がす。開いた蓋の下には新聞紙が敷き詰められていた。
「結構厳重だな」
中身を取り出そうとして、
「うわぁぁ!!」
悲鳴を上げてしまう。新聞紙に埋もれていたのは人の首だった。額より上が何もない、眠るように目を閉じた女の首――
「た、たいへ……ん?」
恐るおそる女の首を持ち上げる。よく見るとそれは陶器だった。
「おどかすなよ……」
陶器の内側は空洞になっていて、一枚の紙が入っていた。紙には『家庭妻園説明書』という小さな文字とQRコードが印字されている。俺はスマホのカメラを使って読み取りを行った。液晶画面に家庭妻園の使い方が表示される。
「この女の首が植木鉢!? 趣味悪過ぎだろ!」
顔をしかめつつ、手元のスマホを見ながら作業に取りかかった。まずはダンボール箱を探り、中身を取り出す。机に土、種、ジョウロ、とビニールに包まれた材料を順に並べていく。
「足りないもんはないな」
確認が済むと植木鉢に土を盛り、そこへ糸状の種を蒔いた。種の上に土を被せると、椅子から立ち上がり、植木鉢を窓際に寄せてあるラックに置きにいく。
「仕上げに水やりをして」
ジョウロに汲んだ水を植木鉢に注ぎ、
「あとは待つだけか」
腕を組んで頷くも、
「これでしばらく様子」
言葉を失った。突然、植木鉢の女が閉じていた目を開いた、かと思うと、小刻みに震え始める。鉢底からは無数の根が伸び出し、押し上げられた植木鉢が宙に浮いた。根は互いに絡み合うと一本の幹と化し、土には花が咲き乱れ、幹から生じた枝葉が人の腕や脚のようなものを形作っていく――
「な、なな」
俺はその場にへたり込んだ。気づけば机の上に何かが立っていた。髪ではなく花が揺れる陶器の頭、肌ではなく樹皮でできた手足――正しく異形の存在だった。が、不思議と俺は目の前にいる何かが、ごく普通の女に思えてならなかった。
「おかえり」
植木鉢の女が声を発した。陽だまりに似た温かみのある響きだった。
「お、お前は」
よろめきながら立ち上がり、
「一体どうなって?」
疑問を口にするも、
「おかえり」
と、女は同じ言葉を繰り返すのみ。俺はスマホを掴んだ。液晶画面を手早くスクロールさせる。説明書の最後の方にはこう書かれていた。
――こまめな挨拶を欠かさず、緑溢れる妻と素敵な日々を過ごしてください。
「マジかよ……」
顔を上げた。女が床に降り立つ。華奢な体を覆い茂る緑が、葉擦れの音を鳴らした。
「おかえり、あなた」
小首を傾げる女に、
「……ただいま」
気づけばそう口にしていた。
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