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リビングの椅子で貧乏揺すりをしていた俺は、
「だめだ繋がらない」
持っていたスマホを机に投げる。
「説明書の問い合わせ番号、本当に合ってんのか?」
頭を抱える。昨夜も眠れなかった。二日連続徹夜したせいで意識が朦朧としている。
「あの女はどこだ? まさかまだ家の中に……」
立ち上がり、部屋の中を右往左往していた、その時、机の上のスマホが震えだした。
「誰だよこんな時に」
液晶画面に目を落とす。表示された名前に、
「そうか」
口元を覆った。
「今日だったか」
俺はスマホを耳に当てる。
「もしもし?」
『もしもしあなた?』
聞こえてくる妻の声――少し耳慣れない感じがしたのは、久しくまともに話していなかったせいだろうか。
「何だ、どうした?」
『どうした、じゃないわよ。今私が病院にいることぐらい知ってるでしょう?』
「そ、それはもちろん」
『本当にあなたって人は……でも今回は許してあげる』
妙に機嫌が良い妻に違和感を覚えつつ、
「何かあったのか?」
俺は訊ねる。
『実はさっき検査の結果がでたんだけど』
妻が声を弾ませた。
『デキたみたい』
「へぇ?」
と、間の抜けた声を漏らしてしまう。
「デキた、って何が?」
『決まってるじゃない、あなたと私の子供よ』
通話越しに鼻をすする音が聞こえてくる。
『これでようやく報われたわ……詳しくは家で話すから――』
ふいに、妻の言葉が途切れた。
「話すから、何だ?」
続きを促した、次の瞬間、
――ただいま。
乾いた声が耳の中を通り抜ける。
「……ただいまってお前、別に今言わなくても」
俺は苦笑いするも、
『――駅に着いたら迎えにきて……って、ただいま? 私そんなこと言ってないけど』
妻の反応は意外なものだった。
『ちょっと、あなたもこれから父親になるんだからいい加減しっかりしてよね』
通話が切れる。暗転したスマホ画面に、眉根を寄せる俺の表情が映り込んでいた。
「空耳か? でも今確かに」
――ピンポーン。
突然鳴り響いたインターホンの音に、身をすくめる。
「今度は誰だ?」
インターホンモニターを確認し、目を見開いた。俺は弾かれたように走り出す。廊下を横切り、玄関扉を勢い良く開いた。
「……来ちゃった」
玄関先で立っていた女――不倫相手が微笑を浮かべながら舌を出した。
「な、何で」
不倫相手の元に駆け寄る。
「今日は妻が帰ってくる日だって言ったはずだぞ!?」
「ごめん、どうしても伝えたいことがあって」
「それならそうと電話で」
「直接言いたかったの」
不倫相手が上目遣いになる。
「私、妊娠したの」
俺は目を剥いた。
「じょ、冗談だろ?」
「本当」
「誰の子だ?」
「それは当然あなたと私の」
「嘘だ、嘘に決まってる」
不倫相手が俺の肩を掴む。
「ひどい、何でそんなこと言うの?」
「そんなこと急に信じられるわけがない」
「じゃあ確かめてよ」
不倫相手が俺の頭に手を添えた。
「何する気だ!?」
体を引き寄せられ、
「良いから聞いて」
不倫相手のお腹に耳を押し当てた、直後、
――ただいま。
鼓膜を揺らした掠れ声。二の腕に鳥肌が立つ。
――すべてあなたがまいたたね、だからぜーんぶあなたのもとにかえってくる。
間違いない、この子供のように無邪気な声の主は――
――ああ、『ただいま』が待ち遠しいなぁ。
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