消えゆく恋心

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 「ねえ菜乃花ちゃん。颯真先生とは、あれから会った?」  他愛もない話をしながら、ふと有希が思い出したように聞く。    「えっと、倒れたおじいさんのお見舞いに行った時に、病院でお会いしました」  「そうなのね。どんな感じだった?病院での颯真先生って」  「え?いつも通り、普通ですけど」  すると有希は、もったいぶったように話し出す。  「普通か…。颯真先生は普通でも、周りはどうなのかなー?」  「周り、ですか?」  「そう。あのね、ナースの世界って広いようで案外狭いの。私の友人も何人かあの病院で働いてるから噂を聞くんだけど、颯真先生を狙ってる女の子は多いらしいわよ。ナースはもちろん、事務の女の子もね」  「そうなんですか。病室で少しお話しただけだったので、気づきませんでした」  「なんでも颯真先生が通り過ぎると、女子がみんな目で追うとか。私の友達は『さざ波の颯真』って呼んでた」  「さ、さざ波?」と菜乃花は苦笑いする。  「だからね、うっかり『私のうちに颯真先生が来た』って話したら、もう大変な騒ぎだったのよ。どうしてその時呼んでくれなかったのよー、とか、颯真先生が使ったグラスをちょうだい、とか」  「ひゃー、アイドルみたいですね」  「ほんとよねー。でも春樹は彼が心配みたい。仕事一筋で、あのままだとプライベートがなくなるって。颯真先生、この間もワインを頑なに飲まなかったでしょう?」  「ええ」  クリスマスイブにワインを持って来てくれたのに、呼び出しを気にして断っていたのを思い出す。  「おまけに救急科専門医を選ぶなんて…」  「やっぱり厳しい世界なんですね?救急って」  「うん。私もERに実習に行ったけど、まさに戦場よ、あそこは」  そうだろうな、と菜乃花は神妙な面持ちになる。  毎日、救急車で運ばれてくる急患を受け入れるのだ。  並大抵の精神力と体力ではやっていけないだろう。  「颯真先生、どちらかと言うと繊細なタイプに見えるから、私もちょっと気がかりなの。必要以上に抱え込んだり、気持ちの切り替えが上手くいかなかったりしないかなって」  有希の言葉に、菜乃花はじっと考え込む。  知らず知らずのうちに、昔の感情が蘇ってきた。  「菜乃花ちゃん?どうかした?」  有希に顔を覗き込まれて、菜乃花はハッと我に返る。  「あ、いえ!何でもないです」  「そう?あ、ほら。まだタルトあるわよ」  「これは有希さんと先輩で召し上がってください」  「いいの?ありがとう!あー、早く体調落ち着いて、菜乃花ちゃんとカフェでお茶したいなあ」  「本当ですね。じゃあ私、有希さんの好きそうなカフェを探しておきますね」  「ふふ、ありがとう、菜乃花ちゃん。楽しみにしてるね!」  「はい!」  二人は微笑んで顔を見合わせた。  菜乃花は、いつの間にか有希を大切な人だと感じている自分に気づく。  と同時に、春樹に憧れていた淡い恋心が、ふわっと遠くに去って行った気がした。
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