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ただいま、ただいま。
「ふう、ひい、ひい……」
このアパートの階段は急だ。しかも、登るたびにぎしぎしと嫌な音がする。
できればもう少し綺麗な場所に住みたかった、と思うけれど仕方ない。実家から職場までだと二時間はかるくかかってしまう。これから毎日仕事をするというのに、毎日二時間かけて通勤するのはあまりにも非効率的というものだ。
このアパートならばボロいけれど、職場まで三十分までば到着できる。家賃も格安。ならば文句など言えないだろう。お金が十分溜まった後で、もっといい物件への引っ越しを考えればいいだけのことだ。
二十代の女が一人暮らしするにはあまりにも心もとない家。それでも、少しの間我慢である。駅まで十分、コンビニまで十分の立地は十分すぎるほど便利なのだから。
「ふう」
錆びた手摺に触らないように気を付けながら階段を上り切ると、私は息を整えつつ自宅の鍵を開けた。
「ただいまあ」
少しだけかび臭い臭いがする我が家。靴を脱いで廊下を通り、洗面所へ向かう。少し硬い蛇口を開けて、手洗いうがいをした。ちょっぴり曇ったガラスには、疲れた顔の私が映っている。
新入社員として、仕事が始まってまだ一週間。覚えることがあまりにも多い。残業を少なくしてくれているだけで救いだ。疲れているけれど、弱音を吐くことはできない。
「うし!」
化粧落としを使って丁寧に顔を洗って、化粧水と保湿クリームを塗り、頬を叩いて気合を入れる。
さっさとご飯でも食べて風呂に入って洗濯終わらせて、好きなことをする時間にしよう。掃除機は昨日かけたから、今日はもうかけなくていいことにしよう。
見たいドラマもある。動画もある。楽しいことが、人生に全然ないというわけでもない。
――仕事だって、つまんないわけじゃない。大変だけど、少しでも早くいろいろ覚えて、戦力になれるようにしないとね。
私は恵まれている方だ。そう言い聞かせてリビングへ向かった。鞄を適当な場所の投げると、とりあえずソファーに座って一息つく。持っていったペットボトルのお茶が残っているから、まずそれを飲んでしまおう。
外でごとんがたんごとん、という音が響き、やや地面が揺れた。このアパートは線路沿いにある。窓の外を見れば、丁度電車が夜空の下を通過していくところだった。自分が騒音があまり気にならない質で本当に良かったと思う。
「ふう。……とりあえず、ニュースでも見るかあ」
私はテーブルの上に転がっていたリモコンを手に取った。電車は時々通るけれど、窓を閉めていればそこまで煩いほどでもない。
それよりまずは、今夜の天気のチェックをしなければ。洗濯物を外に干して寝ていいかどうか、それが気になるところである。
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