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なんか変だなあ、とぼんやり思い始めたのはそれから暫くの後だった。
Twitterに部屋の様子をアップしたら、なんだか炎上してしまったのである。そんなにボロい部屋が嫌なのだろうか。そんなに汚かっただろうか。大石先輩は、自分よりきれい好きだねと笑ってくれたのに。
「カナちゃん!」
ある日、私が出社すると妙にみんながざわついていた。真っ先に大石さんが飛んできて、真っ青な顔で私に言う。
「あんた、最近おかしいって!今日は特に!どうしたわけ!?」
「え、どうしたって……」
「自分がどんな姿か気づいてないの!?髪の毛ぼっさぼさ、化粧もしてない、服はぐしゃぐしゃで変な染みだらけで嫌な臭いがするし!何かあったの、虐められてたりとかするの!?」
「え、え?」
わけがわからない。私は自分の恰好を見る。確かに少し服は皺が多いかもしれないし染みもあるかもしれないが、こんなもの許容範囲レベルではないか。
そこから、やたら質問攻めされた。部屋の掃除はしてるのかとか、洗濯は毎日してるのかとか。部屋の写真があるかと尋ねられたので、それも見せた。――確かに、最後に部屋に掃除機をかけたのがいつだったのかは覚えていないし、洗濯も何日もためっぱなしで、服が足りなくなって洗わない服を着まわしたりはしてしまっているが。
「……あんた」
やがて、彼女は私がスマホで見せた写真に絶句して、言ったのだった。
「あんた、こんな部屋に……毎日帰ってんの?ゴミだらけ、虫だらけ、錆びだらけじゃない……!こんなの、人間が生活する部屋じゃないわよ!!」
「え?……え?」
あれ?と私は自分で撮影した写真を見た。昨日まで、私が当たり前のように“ただいま”と帰った部屋。今朝、私が普通に“いってらっしゃい”と言った部屋。
普通の部屋だ。普通。
そう、普通、普通、普通、普通――。
――ゴミ、だら、け?
頭の中で、ぱちぱちと何かが爆ぜた音がした気がした。次の瞬間、私は悲鳴を上げてスマホを落としていた。
気づいたからだ。
埃と、排泄物のようなもので汚れた床。
テーブルの上に積み上がった汚れたカップ麺や冷凍食品の容器。あちこち這い出してきている黒い虫。
それから、自分の体。――なんでこんなに、変な臭いがするのだろう?そういえば、最後にお風呂に入ったり、掃除をしたのはいつだった?
「とりあえず、シャワー浴びましょう。でもって」
大石さんはこんなに臭い私に躊躇うことなく、手を握ってオフィスから出たのだった。
このビルの中には、シャワールームがあると知っていたからだろう。
「お祓いしましょう。あんた、多分何か憑りつかれてるわよ」
彼女がそう言ったのには、理由があった。
元々大石さんはオカルトとかが好きで、霊感もちょっぴりあったらしい。何かが見えるとかではない。でも、私のアパートの写真を見てから、なんとなく嫌な予感がしていたという。
それで調べてみたら、ビンゴだったそうだ。
確かにあのアパートの部屋は事故物件ではなかった。でも、それはあくまで“あの部屋で人が直接死んでない”と言うレベル。あそこに住んで病んで引っ越した人、病院に担ぎ込まれて死んだ人、ゴミ屋敷を作って死ぬ前に救出された人などは何人も出ていたのである。アパート全体ではなく、あの部屋が何かまずいものであったらしい。
原因は、結局わからなかった。
ただ私はあそこを引っ越してから、元通り“真っ当な生活”を送るようになったのである。新しいアパートでは、毎日ちゃんと掃除や洗濯をして、お風呂にも入っている。
さて、ここで一つ問題だ。
実は、この出来事は今から半年前のこと。まだ私は、ゴミ屋敷を作りかけてから半年しか過ぎていない。
にも拘らず、私はあのアパートの住所がもう思い出せないのだ。アパートの住所を教えた大石さんもそう。確かに住所を聞いて調べたはずなのに、もうわからないという。不動産屋の名前さえわからない。関連書類も、家からなくなっている。
さらには私がネットにアップした写真も、いつの間にか消えていた。そんなことをした覚えもないのに。
これでは注意喚起ができないではないか。そう言った私に、大石さんはこう答えたのだった。
「……なんか、逃げられたって感じがするわ。正体がバレて、まずいと思ったから……って」
あの部屋は、ひょっとしてあの部屋自体が怪異だったのだろうか。
残念ながら真相は、今でもわかっていない。
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