泡のふたり

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――――海辺で見つけたのは、キミにそっくりな人魚だった。 「やぁ、今日も来たよ。……宇海(うみ)」  そう声をかけると、岩場で待っていた彼はヒレで水面をぱしゃりと叩いて振り向いた。 「遅いよ、待ちくたびれた」 そうにこにこと返事をしてくれるのは、宇海――――にそっくりな、(おす)の人魚。 (瓜ふたつだなぁ、本当に宇海が目の前にいるみたい。それに、俺も)  自分の足元を見下してみる。かなり慣れたものの、人間の足というものは不思議だ。2本の棒で陸を自由に移動できるのは楽しいけれど、水中の移動にはとことん向いていない。  あの女は思ったより美味しかった。けれど最初に(あおい)を食べた時ほど記憶は流れ込んでこなかった。  どうやら1回目に食べた人間の方に、俺たちは近づくらしい。食べたのは女なのに、生えてきた足も青年らしい形をしていて不思議だ。 (だから。あの日、宇海を食べた目の前の人魚は……とても宇海に近い)  ウミという名前、漢字で宇海(うみ)と書くと人間になってから知った。  はらりとした茶髪に柔らかな笑顔、温かい声。喋り方は違うけれど、目の前の彼は宇海そのものに思えた。 「遅くなってごめん。まだ人間として過ごすのに慣れなくてさ」 「人間って、大変なの?」 「うん、思ったより」  そう返しながら、彼の隣に座る。ここは宇海と過ごした岩場とは別の場所。人魚がいるという噂が流れてしまったらしく、彼と落ち合う場所を変えたのだ。 (碧として過ごすのは大変だけど、碧は家族と仲が悪いし、友達も宇海以外いなかった。たくさん喋る必要ないから楽だ)  もともとの碧は他人に言い返さない性格だったようだけど、俺は不都合な人間に対して対抗するし、やられたらやり返す。すると意外とご飯をくれるし、お金もくれる。  人間はことごとく(もろ)いなと感心しながら毎日過ごしていた。 「……やっぱり宇海がいないと、つまらないや」  宇海そっくりな人魚の(ほお)を撫でると、彼はくすぐったそうにくすくす微笑む。 「僕も早く人間になりたい、一緒に陸を歩き回りたいよ」 「本物の宇海はもう少し賢い喋り方していたよ。成り変わるなら頑張らないと」 「人間の言葉難しいよ」 「そうだね。でも大丈夫、俺がいるから」  人間に近づくほど。自分の知能が上がりゆくのを感じる。  碧に近づくのを、感じる。
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