泡のふたり

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「……こんな綺麗な顔、してたっけ」  目の前にある宇海(うみ)そっくりな顔を見つめると、きょとんとした顔で彼は首を傾げる。 「どうしたの?」  問いかけられて、首を振る。ひんやりとした体を抱きしめて、「なんでもない」とその耳に囁いた。 (人間って、面倒な生き物だ)  人間の感情は鱗のように虹色だと聞いていた。けれど人魚だった頃は分からなくて、ころころと表情を変える宇海を見ていると不思議でならなかったのだ。  今になって、少しだけ分かる。  姿形(すがたかたち)がそっくりな人が目の前にいるだけで、救われる気持ちと。  その人ではないという、寂しさが。  俺を襲ってきたあの女の気持ちさえ、少しだけ分かるような気がして。  面倒だ。知らなきゃ良かったとさえ思う。  目から塩水が流れて目尻がヒリヒリ痛むのも、嗚咽(おえつ)で詰まってしまう呼吸も。  涙で溺れるようなこの苦しさも。 「泣かないで。僕もね、人間になるから」  背中をさすってくれる宇海そっくりな彼の仕草は、どことなく幼くて可愛らしかった。 「あと1回、人間を食べたら。……人間に、なれるんだよね」 「そうだよ」 「手伝ってくれる?」 「……もちろん」  顔を上げ、彼へまっすぐ笑みを浮かべた。  すると彼は少しだけ茶色がかった瞳を丸くして、ヒレをぱたぱたと上下しながら俺の手を握りしめてくる。 「なんだか嬉しいんだ、キミと会えて。ずっと会いたかった感じがする。……僕が食べた『ウミ』って人の、記憶かもしれないけれど」 「大丈夫。……俺もだよ」  自分たちの間に芽生える感情が、たとえ俺たち自身のものでなくとも。  食べた主人(あるじ)たちのものであっても。 ――――あと1回。その約束を果たせる頃には。  宇海と碧という高校生2人の、何気ない日常が再開する。  その(あぶく)のような幸せは。  俺たち以外には、分からない。
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