泡のふたり

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-ーーー 「キミ、ウミって名前なんだね。おれ、人間とまともに話すの、はじめて」  (あおい)にそっくりな人魚は岩場の影で微笑んだ。  滑らかな黒髪に映える白い肌、筋の通った小鼻に大きな瞳。僕の知っている碧と全く同じ顔だった。  ぱしゃり、彼は海面をヒレで叩きながらニコニコと笑う。 「キミの知り合いと似てるの? おれ」 「それはもう、(うり)ふたつだ」  人魚という架空の存在に会った驚きと、碧にそっくりな人物に会ったという2つの驚きで僕は1周まわって冷静さを取り戻していた。  彼の黒瞳(くろめ)を見つめ、笑みをこぼす。 「碧っていう名前の、僕の親友に似ているんだ。……でも碧は死んでしまった」 「死んじゃったの?」 「きっと、ね。行方が分からなくなって1年以上経つんだ。……生きていると考えるのは、難しい」  夕刻に差し掛かり、8月の陽が少しずつ引いていく。高校の制服姿のまま僕は人魚の隣に座り込んで、うつむいた。 「死んでると分かっていたのに、キミの顔を見かけたとたん「生きていたんだ」と思ってしまった。バカだよな、あいつは確実に「さよなら」と言ったのに」 「ごめんね、紛らわしくて。ここ人通り少ないから昼間なのに陸に上がっちゃった」 「気にしないで。なにより碧とそっくりなキミに会えて、なんだか少しだけ懐かしくて嬉しいんだ。周りには黙っておくから、またここに来てもいいかな」  そう言うと、人魚は喜ばしそうに無邪気な笑顔を咲かせてヒレをはためかせた。 「おれ、ひとりぼっちだったの! 来てくれるの嬉しい!」  握ってきたその手は冷たくて、あぁ魚と触れ合っていると思わされる体温だった。  僕の知っている碧はこんな笑い方はしない。  やっぱり彼は別人だ。  理解(わか)っていながら、それでも僕は碧にそっくりな人魚の手を握り返した。  碧と瓜ふたつの顔が見られて声が聞けたのならば。全てどうでもいいと思ったのだ。
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