泡のふたり

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 (あおい)そっくりの人魚はある日の昼下がり、名前が欲しいと言ってきた。 「おれ、アオイって人と同じ顔なんだよね? おれのこともアオイって呼んでよ」  提案されて、少し迷った。  だが人魚には名前らしき名前が無いらしい。 「……わかった。そう呼ぶよ」  うなずくと、人魚はこちらが驚いてしまうほどにヒレを跳ね上げて喜んだ。 「おれね、ずっとずっと人間と話したかったの! だから言葉も練習した!」 「見つかったらとんでもないニュースになるよ。キミの他にも人魚っていたりする?」  問いかけると、人魚はきょとんとした顔をしたのちに、しばらく黙り込んでしまう。  うーんと考え、彼はぴちゃぴちゃとヒレを海面で泳がせた。 「いるよ。いるけど珍しいし、人魚の縄張りって広いからあんまり会わない」 「その、長生きなの? 人魚の肉食べたら不老不死になるとか言うけど」  人魚に会ったら誰しもが聞きそうなことを問いかけてしまう。その話は人魚自身もうんざりしているのか、彼は「ん〜」と険しい顔をした。 「確かに人間より長生きだよ。人間が僕たちを食べたら寿命も伸びる。でも不老不死にはならない。……それに、おれたちも」  そう呟き、人魚は口をつぐんでしまう。その横顔を覗き込むように見つめると、人魚は首を振る。 「なんでもない」 「それはなんでもなくない時に言う言葉だ」 「うぅ」  狼狽(うろた)えた彼だが、またも唸っては考え込んで、口を開く。 「おれたち、人間になりたいの。だからね、真似してるの」 「ま、真似?」 「そ。……海にね、たまに人間がぷかぷか浮いてるの。おれたち、生きてる人間には近づけないからさ。たまに海で浮いてる人間を見つけてね、その顔をじっと見つめるの」 「海に、浮いてる……人間?」  怪訝に呟きかける。なにやら嫌な予感がした。それを後押しするように、碧そっくりな彼は美しい尾で波紋を撫でながら艶やかな瞳を細める。 「おれたちはね、最初から人魚じゃない。形を変えれる、大きな魚なの。人間そっくりになれるの。……この顔もね、海にぷかぷか浮いてたの」 その一言で、僕は焦点が狂いゆく視界に呑まれながら言葉を失った。
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