泡のふたり

4/11
前へ
/11ページ
次へ
――――『さよなら、またどこかで会おう』  (あおい)は最後の電話で、そう言った。  声の後ろでは波が岩肌に打ち付ける音が鳴り響き、彼がその中へ飛び込もうとしていることも察するに難しくはなかった。  碧という青年は美しかった。  けれど、彼の抱えていたものは暗澹(あんたん)たるものだった。  良き親に恵まれず、彼は放置されながら育った。愛もなければ金もなく、彼は美しい身体を大人に売っては稼ぎ、日々を凌いで細々と生きていた。  無情なことに、その噂は些細なきっかけで校内に広がった。夜の街へ歩み入るのをクラスメイトに見られたためだ。次第に彼の美麗な横顔には、後ろ暗い噂と悪態が付いて回った。  彼の横にいるのは、いつも僕ひとりだけだった。 『疲れたという一時(いっとき)の感情で身を投げるのは、理由として不十分なのかな』  碧はそう言って、学校からの帰路を歩みながら微笑んだ。その道端には広大な海が広がっていた。  この辺りの海は波が高く、下手に近づくなと大人に言い聞かされながら僕たちは育ったのだ。  制服の白シャツを海風にはためかせる碧に、僕は首を振って答えた。 『不十分なんかじゃない。……でも、僕としては、悲しい』 『そっか。なら』  碧は仄暗(ほのくら)い笑みを浮かべていた。真っ赤な夕日が腕を広げる彼のシルエットを映し出し、その景色は出来過ぎとも思えるほどにロマンティックで劇的で。 『魚にでもなって、キミに会いに行くよ』  僕の名前が宇海(うみ)だからだろうか。彼はそんなことを言ってくれた。  そうして彼は次の日に最後の電話を寄越(よこ)して、瞬く間に姿を消した。碧の親は彼を探そうともしなかった。  たった1人の友人である僕だけが、彼の面影を追っていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加