泡のふたり

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   -ーーーあぁ逃げられない。  彼の声と波の音を聞きながら目をつむる。 「人間にね、成り代わるのが僕たちの目的なの。だからね、人魚の状態でいる期間は少なくて珍しいの」 「なら、お前は、(あおい)に」 「なれたらいいなって思ってる。だからね、キミとは仲良くしなくちゃ」 ――――『魚にでもなって、キミに会いに行くよ』  碧のようなものに抱きしめられて、僕は小さく(うめ)き声を(こぼ)した。 「あと1回、人間を食べれば……人間になれるのか」  そう人魚の耳元に囁く。彼の尖った耳が奇妙な動きでピクンと跳ねる。やがて「えへへ」と可愛らしい笑い声が聞こえてきた。 「もしかして手伝ってくれるの? うれしい、うれしい」  ぴたぴた、ヒレがご機嫌に揺れている。  そんな彼に、一応告げてみた。 「碧の人生は壮絶だった。成り代わると、周りの人間から良い目で見られないぞ」 「海で浮いてる人間、そういう人たちばかりだから。大丈夫、キミがいるし」 「僕は大して頼りにならない。……碧のことも、救えなかった」  僕も家庭不和で育った身だ、だから碧とは苦しさを共感しあっている気になっていた。  違った。理解が足りなかった。  僕は海へ身を沈める彼を見つめていただけだった。 「……人間を、連れてくればいいのか」 「生きたまま食べるのは嫌。死んでて、若くて、美味しそうなのがいい」  幼子が菓子をねだるような口調で人魚は言う。  鋭い彼の爪を見つめて「そっか」と人魚の背中に腕を回した。 「わかった、連れてくるよ。……アオイ」
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