泡のふたり

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 首を傾げると、ウミは「そう」と優しい声で答えてくれる。 「(あおい)の個人的な噂を流して追い詰めたやつが学校にいるんだ。……許せなくてさ。あそこから落ちたら確実に岩場に頭を打つと思うから」 「……そうだね」  おれもあの場所は知っている。  人間がよく落ちる場所だから。  あぁいう場所には、おれたちのように人間になりたい魚がよく集まる。おれもその1匹だった。その中で美しいアオイにありつけたのはラッキーだった。 「わざと落とすの、大変じゃない?」  ウミを見上げながら問いかけると、彼は「そうだね」と微笑む。ぱらぱらと風に浮く茶髪をかき上げて、「でもね」とウミは言った。 「もう1度、碧に会いたいと思ってた。たとえ碧自身じゃなくても……その願いが叶うなら。人間の碧に、また会えるなら」 「おれでいいの?」 「いいよ。……なんだか、可愛いから」  そう言ってウミは両手を柔らかく握ってくる。魚のおれには火傷しそうなくらい手のひらが熱かったけれど、その笑顔にはホッとするような温かさがあった。  アオイはこの笑顔が好きだったんだ。そう思った。 (おれも)  アオイの遺伝子を引き継いだせいかもしれない。  それでも、初めてこれが「好き」なんだと思った。  人間になれたら。ウミと一緒にどこに行こうかな。  アオイとして生きる人生が苦しくても、ウミと一緒に過ごせるならなんでもいい。  月明かりを浴びながら、ウミが岩場の上で手を振ってくれる。 「明日、また来るから」  わかった。  そう返事をしようとしたのに。  どん――――と何かに押されて、ウミの体が目の前で派手に転がって落ちる。
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