泡のふたり

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「……え?」  何が起きたのか分からなかった。  ウミが立っていた場所には、他の人間が立っている。 「……いた、人魚」  見ず知らずの、人間の(めす)だった。崖を降りてくる雌の顔はよく見えないけれど、キラリと月光を反射する物を持って歩いてくる。 「人魚、人魚がこの辺にいるって聞いたの。お願い、私の子ども、死にそうなの」  あぁ、まただ。  人魚を食べると不老不死になれるなんて話を信じている人間だ。 (こうやって寄ってきた人間を食べる人魚もたくさんいるのに。ばかだなぁ)  どうしてか人間は傲慢だ。いつだって食べる側にいると思っている。  人間は確かに肌がすべすべで賢くて綺麗な生き物だ。でも中身はあんまり好きじゃない。  ウミ以外、好きじゃない。  雌が刃物を振り下ろしてきたタイミングで海に潜り、よろけた雌の足を海面から引っ張った。  その拍子に岩肌に頭を打ちつけた雌は、そのまま水中に落ちて沈んでいく。 「う、ウミ……! ウミ、大丈夫?」  海面に浮かぶ彼に泳ぎ寄る。ぷかりと浮かぶウミの顔には、ほんのり月の光が落ちていた。 「刺されてる……頭も、うってる」  息は無い、けれどまだ温かい。陸に引き上げてみても、ウミはぐったり動かない。  いつかのアオイのような姿をしている。 「……人間って、なんでこんなに(もろ)いんだろ。おれも人間になったら脆くなるのかな」  ウミのうなじへ口を開き、歯を立てる。  死んだ人間はただの食べ物。ウミを食べたら完全な人間にもなれる。 「ウミがいないなら……つまんない」  ため息を吐いて首を振る。ひとりぼっちなら海の中にいる時と変わらない。  ウミの手を握りしめて、ぼんやりと星空を眺めた。  ふと、目の前の海面がぴちゃりと音を立てる。襲ってきた雌が生き返ったのかと思ったけれど。 「……ねぇ、キミ」  視界に映り込んだのは。おれと同じ種類の魚。まだ人間を食べていない、変な形の大きな魚。そうだ、おれたちは本来とても気持ち悪い見た目をしている。 「その雌を、食べにきたの?」  問いかけると魚はうなずく。彼も人間になりたいらしい。  その様子を見つめて少し考えたあと、魚に手招きをした。 「食べるなら、こっちの男にしなよ。キミ、(おす)でしょ。……え、その(めす)? その雌はおれが食べるよ」
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