振り向いた記憶

2/6
前へ
/131ページ
次へ
『えっ?』 『なんてね』 ゆう子は悪戯っぽく笑うと海岸沿いのコンクリートの道をスキップしながら歩いてった。 将吾は おい! と追いかけて行った。 『なったら良いじゃないか、花屋に。看護師なんて辞めてさ』 『無茶言わないで。私の家がそれを許さない事、貴方が一番よく知ってるでしょ?』 『だけど…』 『私もう家に帰らなくちゃ。“主人”が待ってるわ』 ゆう子には親が勝手に決めた禎通(さだみち)と言う夫が居た。海沿いの街で代々ホテルを経営している由緒ある家柄の長男で、今は父親の後を継いで社長をしている。 縁談を持ちかけたのはゆう子に一目惚れした禎通の方で、田舎で農家をしていたゆう子の両親はそれはそれは大喜びし、娘の安定した暮らしのためだと思い本人の意思を無視して縁談を承諾したのだ。 しかし、元々若い頃から惚れやすい性格の禎通はゆう子と結婚してからしばらく経つと ゆう子に飽きてきて自身が経営しているホテルで働く従業員の女達に次から次へと手を出し関係を持つようになってしまった。 当然夫婦仲は最悪になり毎晩喧嘩が絶えなかったがお互いの家の事情により簡単に離婚も出来ないために二人で外に居る時だけは仲睦まじい夫婦を装い、家の中では口さえ聞かず今じゃただ同じ家に住んでいるだけの同居人化していた。 そんな時 空っぽになった心の中を暖かく埋めてくれたのが偶然自身が働いている病院に入院する事になった将吾だった。 将吾は自分勝手で上から目線の禎通と違い穏やかでいつも自分より他人を優先するとても優しい男だった。父子家庭で母親が居ない将吾は小学生の頃などは父親が仕事から帰って来るまでの間 近所の児童館でいつも自分より歳下の子達などと一緒に遊んで待っている時間が多かった経験があり、そのためか子供達の相手も凄く上手で子供が何か悪戯をしても将吾は一切怒る事なくいつも笑って許していた。入院中 車椅子で院内を散歩してる時に駆け寄って来た子供達に笑顔で接する優しい将吾を側で見ているうちにゆう子はだんだんと将吾に惹かれていった。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加