足音

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          『自分の子供だもの、自分の宝物だのも、愛さない親なんて居るはずがないわ。もしそんな人が居たらそれは親じゃない、鬼よ』 薄暗い映画館でぼんやり映画を観ていた男の肩に女が頭を乗っけて静かにもたれかかった。でも男の方はそれに気付いてないみたいで ただ ぼーっとしたまま黙ってスクリーンを見つめ続けている。 『人間の身体に赤い血が流れ続けるのはね人間が一生懸命生き続けている証なの。心臓の音が鳴り続けているのはね 自分はここにいる 証なの。人間が悲しい時や悔しい時に涙をいっぱい流すのはね もう一度 立ち向かうための勇気なの。何が言いたいかって?自分を自分で抱きしめてあげましょうって事よ、許してあげましょうって事よ。生きる事が他の人より下手くそでも、それでも良いじゃない。誰かと比べる必要なんて何にもないわ。そんな事してる時間があるなら ほら 顔をあげて笑った顔を見せてちょうだい』 男は静かに涙を流した。女の方はそれに気付いてないフリをして瞼を閉じていた。 「……俺は誰一人として守れなかった」 「そんな事ないわ」 「誰も守れてない。今だって…」 男の肩を誰かが後ろからトントンと叩いた。 男はビクッとして後ろを振り向いた。 「あんた前田将吾さんだよね?」 「……キミ、誰なんだ?」 「萩野禄助。高校三年生。あんたのお父さんがあんたを探してるよ」 「…キミ、どうして俺がここに居る事を知ってるんだ?誰にも言ってないのに…」 「あんたに似た人がこの映画館によく来てるって人から聞いてね、もしかしたら居るんじゃないかって思って 一か八かで来たんだよ。隣の女の人、商店街のスナックのママさんでしょ?こんちわ」 「ふふ、こんにちわ」スナックのママ、凛花(りんか)は笑みを浮かべた。 禄助は二人の前に回って来ると将吾の隣に静かに座った。
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