柚子の思い出作り

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 久しぶりの裕司からの連絡が来たのは、夏真っ盛りの七月半ばだった。裕司と別れてからは、一年が経つ。  ”柚子が寂しそうだから、会いに来てやってくんない?”  そんなメッセージだった。私たちの間に子供はいない。柚子とは、私たちが飼っていた猫のことだ。私が猫を飼いたいと言って、一緒に住むにあたってペット可の物件を探して、偶然にもすぐに子猫が見つかったのが柚子だった。まだ、生後一ヶ月くらいの子だそうだった。 「どの子にしよう」  三匹の子猫を前に、私はあまりの可愛さに泣きそうになりながら裕司を見た。裕司の知り合いのところで子猫を三匹貰ったから一匹連れていくか、というお話をいただいたのだった。 「お前の好きなやつにすればいいじゃん」  裕司は笑いながらそう言った。けれど、可愛すぎて決められなかった私は彼にどうにか決めてもらうようにお願いをしたのだった。 「お腹まで茶トラの子なんて珍しいし、この子にする?」  裕司はそう言った。お腹まで茶トラなのは珍しいのか、そう思いながら、じゃあこの子にしよう、と決めたのが柚子だった。柚子は泣くのが下手くそで、いっこく堂のごとく、口を開けてから声が出るまでにタイムラグのある子猫だった。声が、遅れて、聞こえるよ――そう言って裕司と笑ったものだった。  しかして、別れるにあたって私はペット可の都合のい物件が見つからず、泣く泣くペット不可のマンションへの引っ越しを決め、裕司に柚子をお願いすることになったのだった。家を出るとき、いや、正確には家を出るまでの一ヶ月、なんど柚子を抱きしめて泣いたか分からなかった。  それでも、もう一年離れて過ごして、すこしは猫のいない生活にも慣れたはずだった。柚子とは三年近くを共に過ごした。もう家族の一員だったのだから、そんな連絡に心が揺れるのも致し方がないというものだろう。もしそこに裕司の未練が乗っていても、私には断る理由が見つからなかった。  裕司の家は遠い。私の住む街から新幹線で三時間半というその距離は、簡単に行くという距離ではなかったけれど、柚子に逢いたかった。たかがペットと思う人もいるだろうけれど、ペットは家族だ。子供みたいなものなのだ。いつまでも柚子のママでいてもいいんだなと思えるだけで、心が温かくなるのを感じた。
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