柚子の思い出作り

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 だが、簡単なことではなかった。私にはもう同棲している彼氏がいたのだった。我が子の元に行くということと同義なのだけれど、ペットを飼ったこともない彼にそんな気持ちは伝わらないことなど分かっていた。元彼のところに行くなど、誰が許可するというのだろう。それも泊まりで。そうして悩みに悩んで、私は友達と旅行に行くと話すことにしたのだった。私にとっては疚しいことなど一つもないのだけれど、彼にとっては嫌なことをしているという後ろめたさはあった。もっと馬鹿だったら良かったのに。こんな後ろめたさなど持たずに、過ごせたのに。 「明日だっけ」  彼氏に言われてドキッとする。明日、私は柚子に逢いに行く。裕司はその間、家を完全に空けて実家に泊まってくれるという。最近、仕事で朝は早く夜は遅いという生活を送っていて、柚子の親としてこれでいいのかと悩んでいたというのが、今回のメッセージの真相だった。私はフリーターなので、休みの融通はかなり効くのが有り難いことだった。 「うん、帰るときはまた連絡するね」  私たちは、お互いの時間を尊重する関係だった。変に詮索もしないけれど、話したいことはいくらでも話す関係。それが居心地が良くて気に入っている。話したくないことは話さない、それができる関係なのもこの時になって初めて有り難いと思った。  私たちのベッドはセミダブル。ちょっと二人で寝るには狭いけれど、くっついていないと落ちてしまうと思えばくっついていられるこの狭さが私にはぴったりだった。彼氏も不満はないと言ってくれているのでほっとしている。私たちは付き合いはまだ半年くらいだけれど、随分と分かり合っているカップルだと思う。だから、もしかしたら彼は気付いているかもしれない。そう思いながら、私は彼の腕に寄り添って眠りについた。あと一回だけ。せめて、一回だけ。この嘘を見逃してくれますようにと願いながら。  翌日は幸いにも晴天だった。このお盆を使って、私は柚子に逢いに行く。逢いたくて逢いたくて仕方なかった我が子のような茶トラの雄猫に。あのふさふさの毛に触れられる。それだけで心は浮き立っていた。  現地に着くと、裕司が迎えにきてくれた。夕飯に車でしか行けない、私が大好きだった蕎麦屋に連れて行ってもらう約束をしていた。私たちは、本当に友達で良かったのかもしれない。同棲も含めて六年も付き合ったからこそ、友達になるのが一番いい関係だったのかもしれない。もし裕司が家を空けてくれると言わなかったら、私は行くとは言わなかった。一人の時間を邪魔されたくはないけれど、一緒にご飯には行ける関係に私達はなったのだと感じた。裕司ははどう思っているか分からないけれど。
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