柚子の思い出作り

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 昔から、裕司とは性格が真逆といえるくらいちがった。宇宙人とまではいかないけれど、なにを考えているのかは私には図りかねる人だった。くだらないことはたくさん喋るくせに、肝心なことはすこしも話さない男だった。だから、友達で良かったのだ。  すぐにお店へ向かいながらこの一年のことを話した。結婚まで考えられる人にっ出逢ったよ、とそのときに伝えると、「良かったな、今度こそ幸せになれよ」と言われた。それが妙に胸に響いた。あなたとではなれなかったから――それをお互いに分かっていた。  人生一美味しいお蕎麦を食べ終えると、まっすぐ裕司の家に向かった。一年前までは私も住んでいたあの家に。扉を開けるといつも脱走する機会を窺う柚子が出迎えてくれたあの家に。 「鍵、はい」  車を降りるときにそう言って渡された。 「家の物は全部好きに使ってくれていいから。たぶん、一年前とそんなに変わってねぇしな。お前の部屋が物置になっただけで」  そう言って笑いながら私の手に鍵を乗せた。じゃーな、と言って本当に家にも上がらずに去っていく裕司の車を見送りながら、ああ、私たちは本当に別れているんだなという実感をした。夜風は生暖かかった。  ガチャガチャッ。鍵を開けて、携帯電話を構えた。たぶん、柚子は出てくる。そこにいる。そう思ってゆっくりと扉を開けると、案の定柚子はそこにいたが、私のことを忘れているのかうろ覚えなのか、出てこようとはしない。けれど、逃げようともしなかった。その代わりただ玄関の周りをクンクンと嗅いでいる。私がそっと「柚子―」と言いながら手を差し出すと、それも避けることも気持ちよさそうにするわけでもなく、ただ触らせてくれていた。これは、忘れられているのだろうか曖昧な反応だな、と思案しながら家に入ったのだった。  懐かしい部屋は確かにほとんど変わりがないようだった。多少物がすっきりしたくらいか。リビングから、元私の部屋だった物置に行き、荷物をそこに置いた。大した荷物もなかったが、リビングに全部置くのはなんとなく嫌だった。
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