柚子の思い出作り

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 手を洗ってからは、ひたすら柚子を構った。嫌というほど構ったので、腕を引っ搔いて噛み付いてで大変だった。それでも良かったのだ。  この傷が一生残ればいいのに――と思った。一年前、引越し業者が来ていたときに暴れる柚子を抱いていたときに付けられた鎖骨の傷のときと同じように。柚子を飼っていた証を体に刻んでおきたかった。けれど、そんなに深い傷は付かなかった。一年前の傷跡は、まだほんのすこしだけ残っているけれど。あれは、本気の警戒心だったのだろう。知らない男たちが家を出入りするという、恐怖。そう思うと、家に入ったときの柚子の反応は私を忘れたわけではないのだと思えた。  寝るときは、ベッドに柚子を連れていった。思った通り、柚子はすぐにベッドを飛び出していってしまったのだけど。前はよく懐いてくる子だった。気まぐれに、でも、しょっちゅう。それが、なんだか一人でいることに慣れてしまったな、という印象を受けた。それだけ裕司が時間を作れなくなっているということだろうか。それとも考えすぎなだけだろうか。  私は眠りにつくまでにすこし時間が掛かった。その間、携帯電話の画像フォルダーをひたすら見ていた。彼氏とのこの一年が、埋め尽くすように保存されたそのフォルダー。あんなに、あんなに逢いたかった柚子がそこにいるのに、私は彼氏に逢いたくなった。いや、家に来て早々にもう、彼に逢いたかったのだ。  私の人生の選択は間違いではなかったのだと再認識した。裕司と別れたこと、引っ越したこと。そして、今の彼氏を選べたこと。ぜんぶ、正しかったのだと思えた。そう思うと、なぜだか泣きたくなった。どっちもは取れないのに、柚子も選べたらどれだけ良かっただろう、と。けれど、一年も経った今更になってやっぱり私が飼いたいと申し出るのは図々しいと思ったし、なによりも、今もまだ元彼と連絡を取っているのかと彼氏に詰め寄られてしまうかもしれない。ほとんど連絡など取っていなかったのだけど。  元々、裕司は別れた女と連絡を取るような人間ではなかった。私は相手に合わせるものの、いつでも友人関係を再構築することができる性格をしていた。けれど、籍はついぞ入れなかったものの、私達には家族のような絆ができていたんじゃないかと思う。別れて、恋人ではなくなっても家族のような存在だと。もちろん、兄弟でも親子供でも夫婦でもないのだけれど。
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