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前編
「ご主人は……今夜が山ですね」
患者が寝静まった病棟で、チューブに繋がれ酸素吸入がされている夫を前に医師から告げられた言葉。
「夫は……成彰は死ぬんですか……?」
「我々も全力を尽くしますが……今の状態ではもう成す術がありません」
夫、成彰は一週間前に脳梗塞を起こしてこの病院に運ばれた。緊急手術をしたが意識は戻らず。もしも意識を取り戻したとしても、後遺症が出るだろうと医師は言った。
そして七日目の今日、成彰は危篤の状態になった。
「成彰……成彰……」
私は彼のチューブが繋がれた手を取って涙を流す。そう、そうやって献身的な妻を繕う。
成彰の心電図に歪みが出る。
医師が動く。看護師も慌ただしく動き始める。
蘇生が始まる。
いいわ……いいわよ……そのまま逝くのよ成彰。あなたは死ぬべきなのよ。
「一時五分、ご臨終です」
その瞬間、成彰は絶命した。私は安堵の涙を流す。しかし「成彰……」と悲痛な声を出す事も忘れない。だってこれは私の儀式なのだから。
これで私は夫に先立たれた不幸な妻。筋書きは完璧だわ。後は保険金の手続きをして……あ、その前に一応葬儀もしなきゃね。大々的にやるわよ。だって、彼の保険金は一億入るんだもの。数百万の出費なんて痛くも痒くもないわ。
そう、瞬間的に思考を巡らせる。
その時だった。
「田中亜季子さんですか?」
スーツ姿の二人組の男が病室に入って来た。
「? そうですが、どなたですか?」
「K県警の岩田です」
「長沢です」
「田中成彰さん殺人未遂の容疑で逮捕状が出ています。署までご同行をお願いします」
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