第一話

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第一話

 ――全国小学生将棋トーナメント。地方予選大会、決勝。  今日、私の念願がようやく叶う!    決勝の相手はもちろん、あの『神童』こと吉本奏君だ。  私は君と向き合って将棋が指せるこの日を目標に今日まで頑張ってきた。  そして今、私は逸る気持ちを抑えつつ、将棋盤を前にして君の到着を待っているところだ。 (……ちょっと早く着き過ぎたかな?)  今やアマチュア将棋界最強と謳われる君の眼中に、私は居ない。  でももし、真正面から、至近距離で、互いの顔を合わせる機会があったとすれば……君は私に気付いてくれるだろうか?  ……いや。たぶん気付かないだろう。  何故なら君にとって私との()()出逢いは遠く薄い記憶であり、私の事などきっと覚えていないはずだから……。  ――期待はしない。すれば、裏切られた時の落胆も大きい。だから、期待しない。  そう思うも、時間が迫るにつれて鼓動は早く大きくなってゆく。 「…………(どきどき)」  ……君がどうであれ、私にとっては鮮やかに色付いた濃い記憶だ。それでいて淡くて儚い、それとちょっとだけ切ない幼き日の大切な思い出だ。  同時に、こうして私の胸の奥を痛く締め付ける元凶でもある。  時計の針が対局予定時刻を差した。 「……あ」  はたと思い、私は慌てて自分の服装の不備を確認し、次に前髪を触り手櫛で整えていると、そこへ、 「――佐々木結衣さん」  大会運営の職員の人に名前を呼ばれ、私は返事をする。 「はい」  すると職員の人はにこりと微笑み、こう続けた。 「対局相手の吉本奏君が棄権しましたので佐々木の不戦勝となりました。というわけで――佐々木さんの優勝ですね!おめでとうございます」 「――え?」  ぱちぱちと、周囲から祝福の拍手が巻き起こるが、でも私はその祝福の拍手を受け入れられず、ただ茫然と、君が座るはずだった誰もいない対面側を見つめた。  そして、その日以来――君は、将棋の世界から姿を消したのだった。
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