第三話

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第三話

 突如として聞こえてきた鈴音のような声に振り向くと、そこにはたった今まで思いを馳せていた佐々木結衣が左隣りのベランダからこちらへ微笑みを向けていた。  一般人とは一線を画す美貌に圧倒され、思わず全身に緊張が走り背筋が伸びる。 「ふふ、結衣でいいよ。それにしても驚いたなぁ。まさかクラスメイトがお隣さんだなんて。しかも学校でも隣りの席だしね」  ふふふ、と口元を手で覆い、目を細めて笑うその姿は、心なしか嬉しそうにも……いえ。ごめんなさい。何でもありません。今のはたぶん……いや、絶対!僕の気のせいです。 「……す、すいません」  思わず謝ってしまった。  その謝罪の主旨はもちろん、たった今引き起こしそうになってしまった素敵な勘違い――と、もう一つ。  こんな陰キャでちっぽけな僕が、学校でも、家までも、まるで彼女に付き纏うかのような距離感で存在してしまうその事実そのものに対して。  きっと、彼女からしてみても僕みたいな陰キャに常に隣りに居られては迷惑なはずだと、僕はそう思っているのだが――   「え?何で謝るの?」  と、当の本人は僕の犯すその罪深さなど全く意に介さない様子で不思議そうに小首を傾げている。 「いや。なんか申し訳なくて……」 「なにが? 一体、何に対して謝ってるの?」  本当に意味が分からないといった様子だ。 「なんで、って言われても困るんだけど……」 「ふーん。なんかよく分かんないけどさ。折角の隣り同士!これから仲良くしよ? ね?」  こうして会話している事さえ畏れ多いのに、彼女は心の距離をぐっと縮めてくるかのような無邪気で親しみのある笑顔を讃え、そう口にした。
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