第三話

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 お世辞だと分かっていても、あの佐々木結衣に仲良くして欲しいと言われれば、否が応でも鼓動が跳ねる。   「う、うん……」 (こんな凄い人とお近づきになれるなんて……恐るべし隣人特権)  なんて考えながらもやはり緊張と(たかぶ)りに言葉は詰まる。そんな僕の様子に 「う〜ん。もっと普通に接して欲しいな」  と、彼女は無邪気な笑顔から一転、困ったように唸り、そんな言葉を口にした。  たぶん僕の彼女へ対するぎこちない態度の事を言っているのだろうが、でもそれは仕方のない事だと言いたい。    何せ、今目の前に居るのは、()()佐々木結衣だ。  これまではこちら側から一方的に、画面越しでしか目にする事のできなかった全国区の超有名人。  文字通り雲の上の存在であり、本来ならば僕みたいなミジンコと関わり合いが持てるような存在ではない。    そんな彼女が今、目の前に居て、しかも二人きりのこの状況下。  これを緊張するなと言う方がどうかしている。 「……佐々木さんみたいな凄い人を目の前にして平常心でいるのは難しいよ。それに、僕みたいな陰キャがクラスの席に続き、家まで隣り同士とあっては……」  やはり、強く働いてしまう引け目から自然と消え入るような声となり、遂には言葉が途切れる。  そんな僕へ「……うわ〜、卑屈〜。これはなかなか大変だなぁ〜」と、げんなりとした顔で彼女は言うと、その直後、今度はふわっと表情を穏やかに綻ばせ、 「でも私は()()とこうして席も家も隣り同士になれて……嬉しいんだけどな……」  と言いながら、ベランダフェンスの方へと半身を預け、視線を夜の景色の方へと向けた。
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