第四話

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「――あ! 奏君、おはよう」  夢から覚めた今、聞くはずのない鈴音のような声が聞こえ、家から出てドアを閉めようという一連の動作がぴたりと止まる。  そしてそのまま首だけを動かし、声のした方へ。 「……はい?」 「どしたの?そんなに固まっちゃって」  そこには目をぱちくりと瞬いた制服姿の佐々木結衣が立っていた。 「……ええぇぇーーー!!!なんでここにッ!?」  夢だと思っていた事象が再び目の前で起き、思わず驚きと戸惑いの声を上げてしまう。  そんな僕を彼女は困った人を見るように苦笑を浮かべると、人差し指で頬をぽりぽりと掻く仕草を取った。 「……えっと……。何故ここに?って言われても困るんだけどなぁ……。っていうかさ。今更驚く?昨夜もベランダで会ったじゃん」 「……え?……あ、あぁ……まぁそうだけどさ……」  そう答えながらも頭の中は真っ白。  佐々木結衣が転校してきた事も含め、昨日の出来事の丸々が夢だったと、そう信じきっていた僕は未だ動揺から醒めず、呆然と立ち尽くす。  そんな僕へ彼女は歩み寄ると、 「とりあえず学校行こ? ほら、早く!遅刻しちゃうよ?」  そう言って僕の手を取り、引っ張るようにして歩き出した。 「――えッ!? あ……うん……」  突然手を握られた事でドキリと鼓動が跳ね、そしてそのままバクバクと脈打ちが加速していく。  密着する手と手。  彼女のか細い指、柔らかな肉感を得ながら、僕の心は動揺と高揚感に支配され混乱状態にある。  でも、そんな騒がしい感情が渦巻く中、その逆、まるでホッと気が抜けるかのような感情もあって……。  そう。たぶんこの感情はアレだ……安堵感だ。    どうやら僕は不覚にも思ってしまっているようだ。  この幸福が夢じゃなくて良かったと。
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