第五話

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 ――これは自分への忠告だ。  間違っても変な気は起こすな。  それは完全なる勘違いだ。  それを認めてしまえば自分が傷付くだけ、虚しいだけだと、  そう己に強く言い聞かせる。  そもそも考えてもみろ。  相手はつい最近まで国民的トップアイドルだった人間だ。  言わば、世の男を魅了する天才。プロだ。  だから、今こうして向けられている笑顔もきっと、営業スマイルというやつだろう。  確かに、芸能界を引退した今や、意図的にその表情を作る事はしないだろう。  しかし、染み付いてしまったその癖は無意識にも出てしまっていて、例え佐々木結衣本人にそのつもりが無くとも関わる者全てに対して無差別に魅了してしまう。  ゆえに今の彼女の振る舞いに何ら深い意味は無く、()()()は一切無い。  だから僕――勘違いするな、と。  遠目から憧れるだけ、むしろ隣人として接点が持てただけでも千載一遇の幸福を得たと言える。  それで手を打っておけ、と。変な欲を出すな、と……そう己に言い聞かせる。 (まったく罪深い女だ……)    そうだ。今のこの関係性を大事にしよう。……あくまで隣人として――。  そう思うように心に決めるのだった。
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