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「――ん?聞こえなかった? だから、私の名前。『佐々木さん』じゃなくて『結衣』って、私の事呼べるようになった?」
「無理だよ。そんなの……」
「何で?名前で呼ぶだけだよ?そんなに私って、寄り付き難いかな?」
そんな悲しみが籠った声で言われても無理なものは無理だ。
正直なところ、彼女の言った『寄り付き難い』という表現はその通りで、〝佐々木結衣〟とこうして会話していている現状、僕はとても畏縮している。
彼女は普通の女の子として接して欲しい、と言った。
でも、どうしたって彼女への特別視はやめられない。
こうやって彼女と関わる中、どうしても、『僕なんかでごめん』という謎の謝罪の念に駆られてしまう。
でも、彼女は彼女で常に周囲から向けられる特別視を心苦しく思っている。
そしてその気持ちも何となくだけど理解できる。
ならば……
「……結衣……さん」
彼女がそう願うならばと、遠慮がちな声で辿々しく彼女の名前を口にするが、でもやはり呼び捨てはさすがに耐えきれず後付けで〝さん〟を付け足す。
すると彼女は「……あ、言えたね」と少し驚いたように目を見開いて嬉しそうに言った直後、今度は悪戯的な笑みを作り、
「でも〝さん〟は要らないかな。〝結衣〟って呼び捨てで呼んでみて?」
と、懇願するような視線。
(だからその上目遣い、反則だから……)
耐えきれず、僕はその要望通りに口を開く。
「……結衣……」
「うん!合格!じゃあ、これからはそれで呼んでね!」
と、満足そうな笑みを浮かべながらそう言われれば、僕は「……うん」と頷くしかなかった。
今後は呼び捨て……かぁ。
ただただ恐縮。
そう思いながらも、佐々木――いや、結衣、が浮かべるその笑顔の輝きはまさに宝物そのもので、僕一人に向けるにはあまりに贅沢な笑顔だった。
「……どうして、そんな笑顔を僕なんかに向けるの?」
結衣の満面の笑みが微笑みに切り替わる。
「不思議?」
その微笑みは自分の価値をしっかりと理解した、謙遜も無く、自信に満ちたような微笑みだった。
結衣からの聞き返しに僕はコクリと頷いた。
「そう。じゃあ教えてあげるね。何故私が奏君にだけ付き纏うのか、その理由を――」
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