第一話

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 佐々木結衣――大人気アイドルグループ〝ハピネス〟の絶対的センターであり、その圧倒的ルックスはもはやアイドルの域を越え、彼女は今〝日本で一番可愛い女の子〟と、この上無い二つ名で呼ばれている全国区の超有名人である。  かくいう僕もまた、テレビやSNSなどで姿を見かければついチャンネルを止めてその容姿端麗に見惚れてしまう一人である。  とはいえ、熱狂的ファンか?と、問われれば、そいうわけではなく、自ら進んで彼女の活動を追う程の熱量は待っていない。  そもそも僕は有名人に肩入れするような熱のある人間ではなく、どちらかといえば冷めた人間だ。  おそらく〝熱狂的〟を外したただの〝ファン〟を自称するのも出過ぎた主張だろう。  と、まぁ、そんな僕の価値観はさて置きだ。  まさに今が人気絶頂。そんなタイミングで、あろう事か彼女は突如としてハピネス脱退を発表し、更には始めつつあった女優活動を含めた全ての芸能活動まで辞めてしまっていた。  それを知った時、  ――もう彼女の活躍は見れないのか、と。  僅かばかりでも僕の心は沈んだ。それが、つい先日の事だ。  そして今、  これまでテレビやスマホの画面越しでしか見た事の無かった佐々木結衣が、現実として僕の目に映っている。とても不思議な感覚だ。    艶のある真っ直ぐに伸びた焦茶の髪には天使の輪ができていて、相当手入れされていないとこうはならないという事が〝女〟に疎い僕にでも容易に分かる。  ぱっちりとした目の中の瞳色は黒というよりは髪色と同じ焦茶色。  そして、彼女の容姿を讃える上で最も重要且つ、感嘆を零してしまう項目が、その端正な顔立ちだ。  綺麗と可愛さ、それと若干の幼さを残した、まるでアニメの世界から飛び出したヒロインのような圧倒的美貌。  これが彼女を〝日本一可愛い女の子〟と言わしめる所以だ。  肌は白く透明感があり、ニキビそばかす一つも見当たらない。そして、  化粧気の無い顔貌。  膝上5センチのスカート丈。  白のハーフソックス。  これらなんとも慎ましい身なりが、彼女の清楚な印象に拍車をかける。  さすがは芸能人……いや、その芸能界の中ですらも他を圧倒するような容姿端麗が、見慣れた教室の風景の中に不自然佇んでいる。  明らかに異様な光景。文字通り、佐々木結衣が立つそこだけが違う世界のような錯覚を覚える。 「じゃあ席は、吉本の隣り……あそこだ、あそこ」  そう言って先生は僕の隣りの席を指差した。 「はい」 (……え?ここ?)  鼓動が跳ね、胸が騒つく。  スタスタと、あの佐々木結衣がこちらへ歩いてくる。近付いてくる……そして、 「よろしくね。吉本君。……(よしっ!)」 「あ……はい……」 (ん?ガッツポーズ?)  言葉を交わした。名前を呼ばれた……あの佐々木結衣に。  ただ、ほんの小さくガッツポーズしたように見えたのは……うん。多分僕の気のせいだろう……。  目の前に立つ実物の佐々木結衣に思わず見惚れ、魂の抜けたような何とも情け無い返事を返した僕に対して、佐々木結衣はニコっと眩しい程の微笑みを向けると、隣りの席についたのだった。
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