第九話

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 結衣はムスッとした顔で目だけこちらを向いてそう返してきた。  本当に悔しそうだ。  結衣が将棋に対してどれ程真摯に向き合っているかが強く伝わってくる。 (少しやり過ぎたかな……?)  棋力じゃ確かに僕の方が上だろう。だが、将棋へ向ける熱量じゃ、僕は結衣の足元にも及ばない。  例えば、今の対局に使用したこの将棋盤は折り畳み式ではなく、本格的な足つき盤だ。駒も一目見て分かる高級品。僕の見立てではおそらく、これ一式でウン十万とするだろう。  普通、将棋道具は安価で揃えられ、盤も場所を取らない折り畳み式を選ぶのが一般的だ。  高級品だからと、特出した性能があるわけでもなく、むしろ高価な足つき盤よりも、安価な折り畳み式の方が利便性は上とまである。  それでも尚、本格的な足つき盤に拘り、そこにお金を掛けるところに並々ならぬ将棋愛を感じさせる。    一応、僕もこういった高級品のを持ってはいるが、それは女流棋士だった母の形見であって、母が病に倒れてからは、何年も押し入れに仕舞いっぱなしだ。実際、僕自身将棋を指すのは今日が久しぶりだった。  目の前の悔しがる結衣の様子を見て思う。  先程の対局内容、分かっていながら()()()相手(結衣)の術中に嵌まり、そこから勝利を収めるというのは些か傲慢な行為だったように思う。  ましてや、将棋などどうでもいいと、特に思い入れ無く今日まで将棋から離れていた僕が、将棋に対してここまで真剣な姿勢でいる結衣に対して失礼極まり無い愚かな所業だったと、今頃になって気付き、後悔する。  ――やるなら、もっと全力で、完膚なきまで叩き潰すべきだったと。  それが将棋をこよなく愛する結衣に対する礼儀だったと、そう思う。
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