第九話

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 あれほど自分の棋力に自信満々といった様子だったのに、今やその自信は完全に破壊され、死んだようなうつろ目でもはや虫の息だ。  そんな結衣の様子を目の当たりにして本格的にやり過ぎてしまったと、焦る。 「――結衣!!しっかりして!!僕の声聞こえる!?戻ってきて!!」  そう声を張って結衣の両肩を手で激しく揺するが、結衣の目は死んだまま、力無く頭部だけが揺れる。    しばらくそれを続けてるとようやく結衣の目に生気が戻り正気を取り戻したのが分かった。 「結衣!?大丈夫!?」 「……えっ? あぁ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた。……てへへ」  結衣はそう言って申し訳なさそうに笑った。  でも、やはり負けたショックはまだ残っているようで、それを隠そうと必死に作る笑顔が僕の心に痛く突き刺さる。 「ごめん……」 「ん?なんで謝るの?」 「……いや、だって僕のせいで結衣がこんな事に……」 「あぁ、これね。気にしないで。私って、ものすっごく負けず嫌いで、特に将棋の事となると我を忘れちゃうのよねぇ……。それはそうと、二局目。本当凄かったね。されるがまま……これまで培ってきた自分の将棋が一切通じず、全て(矢倉)を剥ぎ取られ、あっという間に私の【玉】は丸裸にされて、必死に逃げるも奏君はそんな私を許してくれず、多方面から取り囲まれ……そして、ヤられちゃった……(てへ♡)」  まるで強姦までの過程を描いたかのような言い回しに僕は苦笑い。(てへ♡じゃないよ……) 「あの……結衣、さん?」 「ん?何?」  何ら悪気ない表情。もしかして、天然なのか?   「いや、その……言い方、がね……?」 「言い方?……え?私なんか奏君の気に触るような事言ったかな!?だったら、本当にごめんなさい!私って鈍感だから……どこの箇所かな?」  ……あぁ、どうやら天然らしい。という事は悪気なく素の感想を言ったという事か……?んな、馬鹿な。ご褒美じゃないか!!(また鼻血出そう) 「……ううん。何でもない。大丈夫、気にしないで」  教えて、と言われてもそれを言語化するわけにもいかず、結局お茶を濁しその場を切り抜けるのだった。  そして結衣はそんな僕をただただ不思議そうに見つめ、小首を傾げるのだった。
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