第十話

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「ところで、さっきの対局の中で感じた、感想戦でも言えてない事を伝えていいかな?」 「うん!もちろんだよ!むしろ何でも言って!今日から私達はペアだし、お互い気付いた点はなんでも共有し合おうよ」  との事なので僕は結衣のその言葉に頷き、口を開く。 「結衣はもっと自分の直感を信じて指すべきだと思うんだ」 「それって、どういう事?」 「つまり、結衣は〝定跡(じょうせき)〟に囚われ過ぎてるんだよ」  ここで結衣はハッとしたように見開いた。それを見て僕は続けて問う。 「その反応は自覚があるって事だね?」  結衣はこくりと頷くとおずおずとした口調で答え始めた。 「――ある。……実は、自信を持って指せる時と指せない時があって、その分岐点はズバリ〝定跡〟に沿ってるかどうか……。悪手(状況を悪くする手)は絶対に避けたい――()()()()()()()〝定跡〟ばかり追ってしまう。それが私の将棋……。さすがだね、奏君。たった二局でそれを見破るなんて……」  実は一局目から分かっていた事だが、わざわざ訂正するのも野暮なのでそういう事にしておく。  と、ここで〝定跡〟について触れようと思う。  定跡とは、プロ棋士達による日々の研究によって発見された、その場面展開での最善手(さいぜんしゅ)をパターン化したもので、それを多く知っている事は棋士として大きな強味となる。  そう。言ってしまえば、定跡を覚えれば誰でも()()()()までなら強くなれる。  だが一方で将棋界にはこんなことわざがある。  ――『名人に定跡なし』。  本当に強い人は定跡(常識)に囚われない最善手を指すもの――という意味だ。  とはいえ、定跡の知見が有る無しではその者の棋力に天と地の差が出る事は事実。そして、レベルの高い将棋になればなる程〝定跡〟と〝定跡〟の応酬となる。  但し、どんなに高次元の対局でも定跡から外れる場面は必ず出てくる。  ――定跡にない場面。  そう。ここで困るのだ。  特に、定跡を知り尽くし、まるで定跡で武装するかのような、結衣のような者が。    この〝定跡にない場面〟。  ここで最善手が指せるか否かが、その者の棋士としての資質を決定付けると言っても過言ではないだろう。先に言った『名人に定跡なし』ということわざにも繋がるわけだ。
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