第十二話(結衣視点)

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 既にもう限界だった。不安と恐怖に押し潰され、心身共に憔悴しきっていた。  しかしそれでも現実は容赦無く、私を絶望へと追いやった。  バスが走り去り、私の視界には見知らぬ風景が広がった。  すぐ目の前の道路を挟んだ向こう側に古びた集合団地と、その隣りに空高く聳え立った鉄塔が建っていて、周囲に人気は無く、閑散とした雰囲気が漂っていた。    もう二度と家には帰れない。  お母さんにも、お父さんにも会えない。  見知らぬ土地でただ一人。――この後私は一体どうなってしまうのだろう……。  幼いながらに〝死〟すら思い浮かべた。    その時に感じた恐怖ときたら、おそらく今後の人生において、後にも先にもこの時以上の恐怖を覚える事は無いと思う。  それくらい恐かった。そして何より、心細かった。 (誰か助けて……)  そう心の中で叫んだその時だった―― 『大丈夫?』  と、困惑したように小首を傾げ、声を掛けてくれたのは見知らぬ同年代の男の子だった。  今会いたかった人とは違う。両親ではない。  ましてや大人ですらない。子供だ。  子供の彼では今の自分の窮地をどうにもできないだろうという事が、子供ながらに分かっていた。  ただ、両親とはぐれて以降初めて優しく声を掛けられた事に少しだけ気持ちが楽になった。  そして彼は更に続けた。 『僕がおうちまで連れて行ってあげるよ!』  ――と。
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