水の星のサルベージ

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水の星のサルベージ

 海辺にある小さな酒場の、木製のテーブルに一本のワインボトルが置かれていた。俺はそれをグラスに移し、口に含む。ワインは一気に飲むのではなく、口の中で転がし、体温で温まることで変化する香りを楽しむ。 「……美味い」  グラスをテーブルに置き、感傷に浸るっていると、仕事仲間が吹っ飛んできてテーブルごとワインボトルが吹き飛んだ。 「おい! 何しやがんだ‼」  転がってきた仕事仲間を退かしながら、吹っ飛んだワインボトルを確認する。ワインボトルは割れ、中身のワインが床に零れていた。 「はん、酒場で貴族様の好きなワインを飲むような奴は、海の男とは言えねえな」  俺たちは、海の底から沈んだものを引き上げる仕事をしている。所謂サルべージャーだ。  まあ、こいつの言わんとすることは分かる。やはり海の男はジョッキでエールと決まっている。 「いいだろ、別に。俺はワインが好きなんだ」 「そんな高級品をこんな安酒場で見せびらかすんじゃねえ」 「ちょっと、どこが安酒場だって⁉」  女将が怒鳴るが、俺はそんなこと気にしない。 「これは現行品じゃねえ。俺がサルベージした一五〇年物のワインだ!」  そこからは殴り合いの大喧嘩だった。 「痛てて……」  昨晩の殴り合いで晴れた頬を擦りながら仕事場へ向かう。 「よう、真。昨日も喧嘩したんだってな」 「ロマンを理解しないあいつらが悪い」  今日の仕事始めは昨日サルベージしたものの仕分けからだ。引き上げるものは金になりそうなものだけだが、その中身も希少金属とただの鉄屑が混ざり合った玉石混合だ。 「おお、これは‼」 「ん? 何か金目の物でも見つけたか?」  俺は一本のワインボトルを見つけた。 「これは二〇〇年前に製造されたワインだ」 「お前はまたそんな物を拾って……」 「そんな物とはなんだ! このワインはな、深い海の底で、二〇〇年間、誰にも開けられることなく、俺を待っていてくれたんだぞ。ロマンだろ?」  俺はワインを持って仕事着に着替えに向かう。サルベージした中から好きな物を一つ自分の所有物にしていい決まりなのだ。  これもサルべージャーの美味しい部分の一つだ。  俺はパイロットスーツに着替え、愛機のコックピットに乗り込む。電源を入れ、機体に異常がないことを確かめる。足踏みをさせ、手を握り開く。問題はなさそうだ。 「平世真、ディープダイバー、潜るぞ」  機体を進ませ、海に潜る。大陸が海に沈み、人口の浮島、フロートに人間が移住して数十年経つが、未だに俺たちのようなサルベージャーが危険を冒して、今は深海となった元地上に資源を取りに行くしかないわけだ。  俺はディープダイバーを深く潜らせ、海底に降り立つ。今はフロートを直すために必要な鉄ですら深海に潜らなければ手に入らない。  俺は大きなつるはしを持ち、海底を掘り返していく。コンクリートの破片などが、見えてくる。それを剥がすと、昔のインフラ設備、水道管などが現れた。  これを回収する。こうすると少しの労力で沢山の鉄を回収できるのだ。かなり古い鉄だし、錆まみれだろうが、液体になるまで熱して再利用すれば問題あるまい。  そんなことを思いながら鉄を回収していると、アラートが鳴り響いた。 「馬鹿な⁉ 整備は手を抜いていないはずっ……‼」  ディープダイバーの深海での作業は過酷だ。水圧、海洋生物、酸素切れ。  うちの会社にはもちろん整備班もいるが、ちゃんと整備しているか怪しいもんだから、俺は個人的に最終チェックをしていた。  なのに、このタイミングでのトラブル。  荷物を捨て、慌てて海上へ向かう。エンジンを吹かし、スクリューを回す。しかし、ディープダイバーの限界が来るほうが先だった。  ミシミシと装甲が軋みだし、すごい勢いで水が機体内に入ってきた。 「不味いっ……‼」  ディープダイバーは深海作業用ではあるが、あくまで機械だ。内側の精密機械類が水に浸かればショートして二度と使い物にならなくなる。  俺は救難信号を出した。だが、これはあくまで会社のあるフロートから救援が来るものだ。この場所にたどり着くまでに数十分。もし近くに作業中のディープダイバーがいれば間に合うかもしれないが、確か今日の作業ルートにはいなかったような気がする。 「最後の一杯か……」  俺は仕事終わりに一杯やろうと、今日サルベージした二〇〇年物のワインの封を開ける。  グラスはないので、口をつけてラッパ飲みだ。飲酒しながらのディープダイバーの運転は非常に危険だが、もうすぐ死ぬんだ。この際関係あるまい。  そう思っていると、ディープダイバーが急浮上しだした。俺は操縦桿から手を放しているから、俺の影響ではない。  何が何だか分からないうちに、ディープダイバーはフロートの端の人工海岸に着いた。政府が観光名所として作ったこの人工海岸だが、海面上昇を経験している人たちは海を怖がったり嫌ったりしているので、滅多に人がいない。  俺はディープダイバーから降りて、機体を確認した。大破はしていないが、コックピットを守る装甲はひび割れ、四肢は捥げていた。 「命の恩人よりそのロボットのほうが大事なの?」  美しい女性の声だった。ディープダイバーの未だに海に浸かったままの下半身側に回ると、美しい女性が座っていた。  長い髪に、いつの時代のグラビアだよと突っ込みたくなる貝殻水着。だが、それよりもなによりも、俺の目を引いたのは――。 「これがそんなに珍しい?」  彼女が下半身の魚の様な鱗の生えた尾びれを動かした。  彼女は自分の意志で尾びれを動かして見せた。つまり、ちゃんとあれは自分の身体ってことだ。 「いつまで黙っているつもり?」  確かに、得体のしれない奴だが、彼女は俺の命の恩人だ。言葉も通じる。ならば、いつまでも黙っている方が気を悪くするだろう。 「ああ、助かったよ。ありがとう」  俺が礼を言うと、彼女はつまらなそうに髪を弄りだした。 「意外に冷静なのね。悲鳴を上げながら逃げ出すと思ってたわ」 「俺一人ならそうしたかもしれないが、愛機を置いてはいけねぇな」  ディープダイバーは高級品だ。ここまで破損させただけでも大目玉間違いなしなのに、なくしたりした日には、クビになりかねない。 「残念。じゃあ何かお礼をしてくれる?」  俺はコックピットに入り、さっきまで飲んでいた二〇〇年前のワインを取り出す。 「こいつは俺が今持ってる中で、命とディープダイバーの次に大事なもんだ。受け取ってくれ」  ワインの瓶を地面に置くと、彼女は這って取りに来るが、瓶を見てがっかりした顔をする。 「これ、よく海底に落ちてるやつよね」 「そいつが何か分かるのか?」 「あなた達の言葉は海底に落ちている物から覚えたわ。これはワイン。あなた達が言うところのお酒、飲み物の一種ね」  概念としては理解しているようだが、詳しく知っているわけではないようだった。 「俺はそいつが好きでな。よく拾うんだ」 「あなたたちなら新品も手に入るんじゃない?」  俺は人差し指を立てて揺らす。 「分かってねえな。そいつは古い方がヴィンテージって言って価値が上がるし、美味くなるんだぜ」 「そう、でも次はフロートの出来立ての料理が食べたいわね」  一つ情報を得た。こいつはフロートの事を知っている。俺が生きている間にフロートの人気のない場所に連れてこれたのも、海を漂うフロートの現在位置や、人気のない場所を知っていたからだ。 「お前は一体、何者なんだ?」  俺の問いに、彼女は尾びれを立てて答える。おそらく決めポーズなのだろう。 「種族は人魚。名前はレラ・ローイ」  やはり、人魚なのか。いやまあ、下半身どう見ても魚だしな。正直、どう接したらいいのか分からない。人魚と会うのなんて初めてだからな。だが、向こうには知性がある。こちらもそれ相応の対応をすべきだろう。 「種族は人間。名前は平世真」  レラがしたのと同じような自己紹介をする。 「そう。じゃ、次に会う時はフロート製の食材が食べたいわ」  そう一方的に言い残すと、レラは海に戻っていった。 「で? 平世君。君は助かったのはその人魚のおかげだとでも言うつもりかね?」  救助隊が海岸に到着し、一命をとりとめた俺は、上司に事の顛末を報告していた。 「そうです」  だが、上司は俺の言葉をあまり信じていないようだった。 「まあいい、整備班が君のディープダイバーのカメラに残された映像を解析すれば分かることだ」  そういって俺は仕事場に戻された。と言っても、俺のディープダイバーは整備中だ。サルベージの仕事は当分できない。  ディープダイバーは一機でも高級品だ。うちのような旧型やジャンクパーツを騙し騙し使っているような小さな会社に、予備があるわけがない。  仕方なく仕分けの仕事をしていると、同僚が近づいてきた。 「よう、災難だったな」 「いいや、そんなことねえさ」 「人魚に助けてもらったからか?」  同僚はからかうように言う。 「もう会社内で話題になってるぜ。ロマン野郎の頭がついに壊れたってな」 「ふん。なんとでも言え」 「ところでお前、何で女物のアクセサリーばっかり仕分けてんだよ」 「はあ?」  俺は自分の手元を見る。確かに、いつもの俺なら気にもしないような宝石をあしらったアクセサリーが俺の手には収まっていた。しかも女物の。 「その人魚に恋でもしちまったか?」  同僚はゲラゲラ笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。だが、俺はそんなことは意に介さず、「レラは人魚だから、サルベージしたものでは喜ばないだろうな」などと考えていた。  翌日、朝起きて朝食を食べながらテレビを見ると、すべての局で同じニュースをやっていた。何故かゲストに上司が呼ばれていて、俺のディープダイバーのカメラデータが流れている。  そこには、レラの姿がはっきり映っていた。 「人魚にサルベージをやらせれば、我々は危険なく、フロートを運営できます。ここに、人魚という種族の奴隷狩りを提案いたします」  俺は食いかけの朝食を放置して、会社へ向かって走り出した。 「どういうことですか!」 「どうも何も、私は代表として登壇しただけ、ちゃんと第一発見者は君だと公表したじゃないか」 「そんなことはどうでもいいんですよ! レラたちを、人魚を奴隷化するって話ですよ‼」 「君は、人魚の生き血を飲めば、傷がたちどころに治るという話を聞いたことはないかね? 人魚の肉を食べれば不老不死になるという伝説は?」  俺がロマンのある話が好きだと知って、そのあたりから攻めているのだろうが、本当の理由はそこではないだろう。 「真面目な話をしてくださいよ」  それまでの張り付けたような笑みを消し、上司は窓を眺めた。 「この星に二種類の知的生命体がいた場合、君はどうなると思う?」  昔、まだ海面上昇が起きる前、資源が豊富だったころに、そんな漫画があった。 「どちらが上かがはっきりするまで、戦争になるでしょうね」  わが意を得たりという顔で上司は振り向く。 「その通り、仲良く手を取り合えるわけがない」  確かにそれは同感だ。だが、取引はできるかもしれない。 「人魚はどうかは分かりませんが、少なくともレラは人間に好意的でした。フロートの食べ物が食べたいと言っていました。こちらがフロートの食料や技術を提供し、人魚側にサルベージを依頼することだってできるはずです!」 「ただでさえ少ないフロートの資源を裂けというのか‼」  このフロートは平和なように見えるが、実際にはギリギリだ。浮浪児やスラムだってある。食料さえも人魚に渡す余裕はないだろう。  俺と上司の会話はどこまで行っても平行線だった。 「……話は終わりだ。退室したまえ」 「……失礼します」  上司が動かせないというのなら、俺も覚悟を決めよう。俺は廊下に足音を響かせて整備ドッグへ向かった。  整備ドッグでは俺のディープダイバーが改修されていた。 「よお、真。もう動かせるぜ」  整備班の班長が工業油まみれの顔で笑いかけてくる。 「ああ、助かる」  俺はコックピットへ乗り込み、いつものように足を踏み鳴らし、手を開閉する。 「リクエスト通り、水陸両用、パワー重視の改修にしたが。お前さん、何をするつもりだ?」 「ちょっと演説」 「……まあいい。儂は儂の仕事をするだけじゃ」  班長は訝しげな顔をするが、黙認してくれるようだ。 「それより、名前はどうする? ディープダイバー改でいいか?」  うちの会社では改修をした機体には改がつき、さらに改修をすると改二になるシステムがある。  これは、同じ機体を何回改修したかすぐに分かるようにするシステムだが、自分で名前を変えることもできる。 「これから国民の心を動かさなきゃならないんでね。そうだな……マインドダイバーで頼む」 「分かった。出すぞ」  俺は深呼吸をし、操縦桿を握る。少しづつ力を籠め、マインドダイバーを動かす。 「平世真、マインドダイバー、出る!」  俺は海に出るハッチと反対側、陸に向かって全速力でマインドダイバーを走らせた。 「まったく、やんちゃ小僧が……」  班長は帽子を深くかぶり、マインドダイバーを見届けた。  俺はマインドダイバーで公道を走る。車にクラクションを鳴らされるが、知ったことか。  俺が向かった先は、テレビ局だ。  テレビもいいネタができたとマインドダイバーにカメラを向けている。 「俺の名前は平世真。人魚の第一発見者です」  俺の自己紹介に、取材班はどよめきを挙げている。 「俺は、人魚を奴隷化するのには反対です。人魚はディープダイバーを深海から一気に海面まで引き上げるだけの力を持っています。そして、海は広い。そんな人魚がこの海に何人いるか分かりません。素直に奴隷になるわけがない、そうなれば戦争になります。もし、戦争になったら、我々はその間サルベージができない。そうなれば、滅びるのは我々人間のほうです」  このデモを行った翌日、上司から大目玉を食らい、俺は会社をクビになり、マインドダイバーを取り上げられた。  だが、後悔はしていない。なぜなら、新しい職を得ることができたからだ。 「やっぱりこの格好は慣れないな」  スーツを着て、俺は思い出の場所に向かう。俺とレラが出会った、あの海岸に。 「似合ってるわよ」 「お世辞でもうれしいよ」  俺とレラは同じテーブルに座る。 「世紀の瞬間です。今、人間と人魚による、和平交渉が開かれようとしています」  俺は政府から任命を受け、人魚との交渉の責任者に抜擢された。 「今日は君に、これを持ってきたんだ」  俺は新品のワインボトルを取り出す。これはこのフロートでできたばかりのワインだ。 「飲みたいって言ってただろう?」 「ええ、楽しみね」  俺はワインを二つのグラスに注ぐ。 「人間の文化ではな。仲のいい二人がお祝いをするときにこうやるんだ」  俺とレラはワイングラスを軽く当て鳴らす。 「「乾杯」」
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