果てしない悪夢

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「あーあ。読みが外れたわ」 ピンクセイバーは残念そうに呟く。 眼球を潰し眼窩を抜けた先の脳まで突き刺すつもりで放った一撃は極薄の魔力障壁に阻まれ届かなかった。目を狙った攻撃は防いだものの崩れた体勢はどうにもならない。安堵する間もなく大賢者は転倒じみた墜落を果たす。 ピンクセイバーは空中に固定された物体を器用にも足場代わりにして方向転換。ちなみに大賢者が躓いた小石のような何かと同じ物体でもあるそれは、グリーンセイバーが滅茶苦茶な方向に撃っていた銃弾だった。 「祝詞詠唱(コマンド入力)が難解なだけあって隠形術は完璧だったみたいね。この界人、直前まで接近に気付いてなかったようだし」 猫のように華麗に着地したピンクセイバーは、顔面から落ちてへの字の体勢になっている男にちらりと視線を向けながら言う。 「味方からも見えなくなる欠点はあるが使えるな。俺もグリーンも新武器を試し打ちできたし目的達成と言えるだろう」 「半永続固定は支援向きで地味だったから次は攻撃系を試したいね」 ブルーセイバーとグリーンセイバーは武装を解除していた。ピンクセイバーも二人の方へ歩きながら十手をしまう。人前で派手に転んだ羞恥心に耐えながら立ち上がった大賢者は、戦闘継続する気がなさそうな三人の様子に当惑する。 「えっと……もう戦わない感じなのかな?」 「そうね。やりたいことはやったし」 「まあまあ楽しめたからもういいや」 不思議そうな顔をしている男に、ピンクセイバーとグリーンセイバーはうんうんと頷く。 「俺ら三人は、だがな」 ブルーセイバーは気絶状態から回復したレッドセイバーを見ていた。 「いやーしくじった。舐めプしないで俺も武器使っておけばよかったな」 「……君は」 大賢者は何事もなかったみたいにピンピンしているレッドセイバーを視認して苦々しい表情となった。金的を仕掛けた相手を前に少しバツが悪そうにもしている。男の様子から察したレッドセイバーが爽やかに笑う。 「別にもう戦う気はないし、さっきのことも気にしてない。寧ろイイ感じ?望ましい傾向ってやつ」 レッドセイバーは大賢者にゆっくりと近寄る。 「界人は悪者だから悪ければ悪い程に正しいってコトさ。どうせならもっと卑怯に悪辣になっちゃいなよ」 「最初から言ってるけど僕は怪人じゃない」 微妙なイントネーションの違いに気付いたレッドセイバーが首を傾げる。 「齟齬があるみたいだな。怪しい人じゃなくて世界の界に人で界人だよ。アンタ、異世界からの戻り人なんだろ?」 「戻り人?確かにそう言われたらそうかもしれないけど、僕はただ元いた所に帰って大切な家族や友人の近況を確かめたいだけ。悪として成敗される筋合いはないよ」 「そっちの事情は知らん。まあ、運命を受け入れられないのなら抗い続けるしかないだろうな」 「運命だって?説明もなしに殺されかけることが?どうして僕がこんな扱いされないといけないんだよ!」 「俺に聞かれても困るし、何でもかんでも他者が答えをくれるなんて考えは甘いんじゃないか?だが一つ伝えるべきことがある」 声を荒らげる男へ突き放すように答えたレッドセイバーは足を進める。警戒し身を固くする大賢者に害意はないと両手をぶらり上げてみせ、ゆっくり距離を詰めていく。 「ちょっと耳貸して。重要なことは自分の言葉で言いたいから」 隣に並んだレッドセイバーが大賢者に顔を寄せ耳元で囁く。 「インフィニティセイバーズは残機無制限、悪が滅びるまで正義の執行は続けられる。精々一生懸命に足掻いてくださいね」 含み笑いを混じえて告げられた言葉に大賢者は動揺する。 「それはどういう……いや、まさか」 理解に苦しむというか理解したくないようだった。 「界人にこれを明かすのは二組目の大事な役目でね。最後にちゃんと果たせて満足だ」 黙り込む男から離れたレッドセイバーは仲間達に近付きながら二本目の刀を抜く。妖刀よりも長い刀身は光を反射しない闇のような黒色だった。 「終いは派手な魔法でぶっ飛ばしてほしいところだが、アンタとしては無駄に魔力を消費したくないよな?」 黒刀の切っ先が界人ではなくインフィニティセイバーズの三人に向けられる。 「お後がよろしいようで。こっちで勝手に退去させてもらおうか」 三人は驚きも戸惑いも浮かべることなく無防備に佇んでいた。 「あら、新武器をこんな形で披露するのね」 「イエローは念の為に俺が撃っておいたから大丈夫だぜ」 ピンクセイバーがおかしそうに笑う。グリーンセイバーはさらりとイエローセイバーを狙撃したことを明かした。 「皆お疲れ様。ではレッド、後始末頼んだ」 「任せろ」 ブルーセイバーに応えたレッドセイバーが腕を振る。漆黒の一閃。しなやかに伸びた刀身はいとも容易く三人の首を刎ねる。真紅の血飛沫が青空に舞う。鮮血を撒き散らしながら首無しの体が転がった。やや遅れて三人分の頭部が地に落ち弾む。 「は?……えっ?仲間を殺した?どうして?」 レッドセイバーは信じ難いことに、無惨に三人の仲間の命を奪った。その行動は男にとっては意味不明過ぎて、異常者を見る目でレッドセイバーを見据える。 「そりゃあ一定以上の損壊がないと退場できないからな。ってコトで俺もさよーなら」 言い終えたレッドセイバーは徐ろに刃を首筋に当てる。次の動作を予想した大賢者は止めようと手を伸ばす。 「待っ」 制止の声も間に合わず、レッドセイバーが己の首を掻っ切る。男の視界に鮮烈な赤が散る。大賢者はその場に立ち尽くした。言葉と拳を交わした相手が呆気なく亡骸となり、何とも言えない心境に陥っていた。同時にこの異常な世界に対する恐れ或いは怒りが静かに湧き上がってくる。 間もなくして五つの抜け殻が灰色の粒子となって解けた。塵芥みたいに風にまかれ空に吸い込まれ、男の目の前から跡形もなく消えた。 呆然と空を仰ぐ大賢者の背後には五人分の人影が現れる。 「……インフィニティセイバーズ、現着」 レッドセイバーが低めた声でぼそっと言った。 もう見慣れたコスチュームの五人組が横並びに整列する。レッドセイバーが一歩進み出るが無言で見据える男を前にして口を噤む。一歩下がって隣に立つブルーセイバーに何か耳打ちする。何度か頷いてからブルーセイバーが前に出た。 「うちのレッドは人見知りが激しくてな。コイツの台詞は俺が代弁するけどいいか?」 「……別に構わないよ。もう真面に君達の相手はしないことにしたから」 大賢者は平坦な声で言い放ち、頭上に魔法陣を起動。 僅かに下向きに傾いだ魔法陣から眩い白光が発せられインフィニティセイバーズを照らした。意識あるものなら魔物も植物さえも強制的に睡眠状態にする催眠魔法だ。しっかり効果範囲に捉えていたので全員を無力化できたに違いない。 「登場したばかりで悪いけど五人まとめて眠らせておくね。情報は外に出て自力で集めるさ」 白い光が消えて空中に描かれた魔法陣も霧散した。大賢者は踵を返して歩き去ろうとし、普通に立っている五人に気が付く。 「起きてる?なんで?ドラゴンだって寝ちゃうのに」 「眠らせるだけだから初回は許されたのかもしれないけど次から使用しない方が良いぞ。またペナルティで自滅されては盛り下がるからな」 「……なるほどね。鑑定スキルと同じで催眠魔法もダメなのか」 「ちなみに魅了や洗脳といった精神操作系の魔法を使えば一発で廃人になるレベルのお仕置を食らうみたいだな」 「それちょっと厳し過ぎない?」 「重大な禁則事項を犯したなら当然の罰則だろ?人の心はその人だけのもの。他人が直に弄ってどうこうしようなんて許されるべきではない」 ブルーセイバーの肩をとんとん叩いてレッドセイバーが顔を寄せる。 「コイツ弱そうだからさくっと殺っちゃお、だってさ」 囁かれた言葉をブルーセイバーは真面目に代弁した。慌てた様子でレッドセイバーはぶんぶん首を振って再度小声で伝える。 「すまない。今のはナシだ」 ブルーセイバーは訂正するが、一度吐き出された言葉は取り消せないし誤魔化しの嘘も無理だった。大賢者の肥大化している自尊心が針先程の刺激に反応する。 「僕はまだ本気を出していないだけ。簡単に殺されてはやらないし、その気になれば君達なんて返り討ちだよ」 揺るがぬ自信を込めた発言を聞いて、沈黙していたピンクセイバーとグリーンセイバーが高笑いする。レッドセイバーは口元を押さえて、イエローセイバーは硬く腕を組んでそれぞれ可笑しさに堪えていた。 「大袈裟に嗤ってやるなよ。可哀想だろ」 ブルーセイバーが注意するも青い肩は小刻みに震えていた。 「身の程を知らないで大層なこと言うんだもん。笑うしかないじゃない」 「無知は罪なんて言うけれど寧ろ罰だよね」 グリーンセイバーとピンクセイバーは明らかに男を嘲っていた。 「笑う余裕がどこにあるんだろうね?実力差がわからないなら教えてあげるよ」 大賢者は左右に魔法陣を二つずつ展開。複雑な図形の中央から拳大の光球が召喚される。地属性を示す緑色の魔力球は周囲の土や瓦礫を吸い込み繋ぎ合わせ、三メートル近い岩人形(ゴーレム)を形成する。 「部品(瓦礫)が沢山あったからうっかり作り過ぎちゃったけど、再利用ってエコだからいいよね?」 冗談めかして言った男はインフィニティセイバーズを指差す。その目には微かな憎悪。 「潰せ」 殺意を込めた指示に従い四体のゴーレムが起動、地を蹴り一瞬にしてインフィニティセイバーズの眼前に到達した。岩や土塊から成る身体は全身の隅々を巡る魔力で連結され硬度も強化されている。加えて魔力を元に動くため、見掛け上の自重や可動域を無視した速さと柔軟さで動けるのだ。 ゴーレム達は五人組を四方から囲い逃げ場を奪う。巨石の如き拳が一斉に振り下ろされる。 「やっちゃえイエロー」 「うっす。いくでー」 鈴を転がすようなレッドセイバーの声にイエローセイバーは気軽に応える。 「廻天降魔・羅漢の舞」 イエローセイバーは高くジャンプしながら頭上に掲げた棍棒を物凄い速さで振り回す。黒光りする鉄製の棍棒は回転する程に膨張。電柱みたいな太さと長さになった棍棒は、ゴーレムの拳に衝突し次々と砕いていく。 「……嘘だろ?」 大賢者は呆気にとられていた。 「実はね、界人にインフィニティセイバーズの在り方を教えてやる為、一戦目と二戦目は致命的にならないよう手加減してやってんだわ」 ピンクセイバーは崩れ落ちてくる瓦礫の欠片を鎖鎌で的確に弾き飛ばしながら退屈そうに言う。 「要するに接待プレイだな。見極めが必要だから経験者の中から抽選されるけど、新しい技能や武器の性能を試したいお遊び目的の連中が大半」 台詞を引き継いだブルーセイバーは槍を召喚したものの特にやることもなく突っ立っていた。 「で、三戦目以降からがガチ勢による本番ってワケ」 言い終えると同時にグリーンセイバーが正面に向けて発砲する。しかし音だけで何も撃ち出されないように見えた。そもそも男に当てるにはまだ残っているゴーレムの胴体が壁となり邪魔をしているのだが。 「……ッ!?」 大賢者が左手で右肩を押さえ苦しむ。痛みと驚きに歪む顔には冷や汗が伝う。表向きは異常なしに見えるが、内部では何かに血管を断たれ出血していた。 「非実在の魔弾、実在非実在弾(タマアリタマナシタマタマ)さ。直線の仮想弾道上の一点に任意で銃弾を実在化させる」 「そんな、無茶苦茶だ」 唖然とした男が思考停止し、ゴーレムの操作が中断される。沈黙した四体に視線を走らせたレッドセイバーは妖刀の鯉口を切り、柄にそっと手をかけて呟く。 「皆、伏せてくれ」 ブルーセイバー達が伏せたのを確認し、レッドセイバーは捻りを加えながら軽やかに跳ねる。そして空中で刀を抜くと同時に四体のゴーレムへ切り付けた。 刹那の斬撃は岩の身体と核となる魔力球を両断、ゴーレム達がただの瓦礫と土砂に戻る。音もなく回転しながら着地した時にはもうレッドセイバーは納刀していた。刀身を洗い流した雫の残滓が風に散る。 「……は?魔法を斬った?」 肩の激痛も一瞬忘れたように身を乗り出して、大賢者が驚愕の視線をレッドセイバーに向ける。 それを横目に確認したレッドセイバーは立ち上がっていたブルーセイバーに唇を寄せる。 「この一振りは妖刀だ。悪しき妖魔の力を宿すことで憎き魔性を断ち斬る対魔の剣。某のレベルでは魔王タイプにはまだ届かぬが、魔法使いなら殺せるかもしれんな」 ブルーセイバーが代弁する。言い終えてから首を捻って、一人称と口調は直した方がよかったかなと反省していた。 レッドセイバーが歩を進め、他の四人が付き従うように続く。迫り来るインフィニティセイバーズを心底から警戒しつつ、大賢者は応急処置の止血及び増血魔法を右肩に施す。内側で実在化した仮想の銃弾はまだ残ったままだ。 男は苦しげな顔をしているが諦めてはいない。生き延びる為に脳内でいくつもの策を練り魔法を構築していく。徐々に間合いを縮めていく両者の合間では空気が張り詰める。 「我等の手は異世界の神秘に届くだろう」 レッドセイバーの傍白には確信が込められていた。 「死に物狂いで踊るがいい。本当の戦いはこれからだ」 大賢者に向けてブルーセイバーが代理宣告する。 一方的な命のやり取りが始まる。
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