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「酒精なんて無駄なものを摂取するなんて、こんな風に能力を使うのは今回限りにしたいですね」
解いたばかりなのに再び変身することになったパープルセイバーは溜息を吐く。猫の形をした赤黒い影は酩酊状態を解析して取り込み、ほろ酔い気分で尻尾をくねらせていた。
本来的には他者の強化状態を剥がして奪取する暴食のスキルだが、応用すれば味方の状態異常を代わりに引き受けたりもできる。味方と言い切るのは相手が納得しないかもしれないが。
「すまない。助かった」
「礼は要りませんよ。貴方の過度な飲酒は僕が責めたせいですから」
紫村は変身を解くとベンチの方を指差した。
「少しベンチで休ませてもらってもいいですか?能力解除しても余韻が残るんです」
「ああ。俺も座りたかったところだ。地下から走って来たんでな」
長椅子に二人並んで腰掛けると暫しの沈黙。
気不味そうに唇を引き結んでいる青川の横顔に紫村が視線を向ける。先程のやり取りを思い出して申し訳なさそうに声を発した。
「さっきはすみません。システムもシナリオも貴方達が創った訳でもないのに言い過ぎました」
「……別に。カミサマが始めた茶番だとしても続けることを選んだのは俺らだ。好きで表舞台に立っている以上、観てる奴らに何言われても仕方ねーし」
話しながら青川が足を組む。
「お気に召したなら喝采を、そうでないなら罵声でも石でも投げつけてくれればいい。邪魔するんだったら排除するけどな」
演技じみた台詞にはどこか投げやりな感じがした。
「後半は忠告ですか?一応言っときますけどね、僕は貴方達の邪魔をしようだなんて全然考えてませんよ」
「意図が何であれ怪しい行動してんだから疑われるのも無理はない。これまで三度、超越者級の界人と偶然にも遭遇した手前は敵を無力化してランカーに手柄を譲っている。視聴者受け良かったから黙認していたんだが」
紺碧の瞳が紫村をじっと見据える。
「今回の件で赤塚が気にしてんだよ。紫村は俺らに対抗する為の力を集めてるんじゃねーかってな。真意を確かめに行くとか言うから俺が慌てて止めて代わりに来たワケ」
苦い表情で事情を明かした青川に、紫村はおかしそうな笑い声で応えた。
「赤塚は自意識過剰ですね。僕は貴方達なんて眼中にないというのに」
「は?そりゃどういう意味だ?」
「気を悪くしないでください。罪宝を解放している僕と解放していない貴方達では世界に対する侵度が違うというだけ……とはいえ解放できないのは立場の違いによるもので個々の能力の問題ではありません。貴方が僕より劣っているだなんて思ってませんよ」
紫村を睨み付けていた青川は目を伏せ、足元に伸びる二人の影を見つめた。
「……正義の味方が罪源の力なんざ使えねーだろ」
「まだまだ多様性の学習が足りてないのでは?悪の組織の技術を利用したり悪魔を手懐けて力にするヒーローもいるでしょうに」
「それ戦隊ってかライ」
「おっとすみません。着信が」
青川の言葉を遮って紫村は片耳に手を当てる。
「……はいはい了解です。今すぐ行きますね」
「誰から?」
「白坂からの呼び出しです。僕のお勤めについても説明できるので貴方も是非ご一緒に」
「マジかよ」
「道交法違反じゃね?」
「そこ気にします?法律云々語り出したらインフィニティセイバーズは全員犯罪者ですよ」
「それもそうか」
変身した二人は紫村の自動二輪車で現場に向かう。ノーヘルでの飲酒運転も法律がない世界ではノーカン、今は外部に放送されていないのでセーフとする。
パープルセイバーは町外れの空き地を目指していた。
「こんな場所に何があるんだ?」
「三分後には降って来るはずです」
大分離れた道端に二輪車を止め、二人は歩いて空き地に向かう。
「雨も雪も降らない世界に何が降るって」
ブルーセイバーが疑問を言いかけたところで空き地の真ん中に何かが物凄い勢いで墜落した。パープルセイバーは土埃の向こうに目を凝らす。
「意外と速く落ちましたね。白坂の話では亜人だとか」
「亜人?界人とは違うのか?」
「特異な力を保有していますが界人は純粋な人類です。対して亜人は人間に似た姿の魔物か、或いは人と魔物の間に出来た者なのか……何れにせよ人ならざる者は貴方達の舞台にとって招かれざる客でしょう?」
二人の視線の先、空き地の中央に蹲っていた何かに動きがあった。地面に追突した衝撃から回復したのか、ソレはのそりと立ち上がり咆哮を上げた。三メートル近くある巨躯は筋骨隆々、半ば砕けた装甲の下で浅黒い肌から血を流している。手負いの獣の如く叫びながら弁柄色の髪を振り乱していた。ブルーセイバーはその頭部に生成色の角が二本あることに気付く。
「あのタイプはおそらく鬼人ですね。理性的には見えませんし迷い込んだ訳ではなさそうです」
観察しながらパープルセイバーは薙刀を構える。武器には限定的に展開した不義反転の理の効力が作用し、鬼人の鎧や肌が硬い程容易に切り裂ける状態になっていた。
「役目を果たして神に手放されたのか、罪を犯して追い出されたのか。物語れない人外が相手では確かめようもありません。即刻退場して頂きましょう」
二人の存在に気付いた鬼人が丸太のような腕を掲げて向かって来る。大きな拳の先には炎の魔力を纏っていた。
パープルセイバーが駆け出した横でブルーセイバーは軽く釣り竿を振る。釣り針はパープルセイバーと鬼人の中間くらいで地面に刺さった。
「ッ?まさか青川」
突き立つ銀の針を見てパープルセイバーは急停止。
「範囲設定。空き地全体にしとくか」
「この莫迦!」
ブルーセイバーの能力を知るパープルセイバーは舌打ちして地を蹴る。笑いながら佇むブルーセイバーを通り越し、パープルセイバーは慌ててその場から離れた。
小さな針など眼中にない鬼人は止まらない。迫る巨躯を見据えてブルーセイバーは略式の解詞を唱える。
「溟海無限鮫厄」
釣り針が青く発光した。
一瞬にして空き地が底無しの海となり鬼人が呆気なく沈む。
「底無しの海で鮫の餌になれ」
凪いだ水面の上に立つブルーセイバーに、範囲外に逃れたパープルセイバーが苛立ちの声を投げる。
「やるなら先に教えてくださいよ。僕が水に濡れるの嫌いって知ってますよね?」
「万が一アイツが言葉を理解していたら避けられるかもしれねーだろ?敵を騙すなら先ず味方からってな」
紺碧の海に鮮やかな赤が混じる。海中では鬼人が無数の鮫型仮想生命体に襲われ身体を食い千切られているのだが、鬼人の末路など二人は全く気にしていない。
「どう見ても話が通じる状態ではなかったと思いますが」
「あー見えて演技派の策士かもしれねーだろ?外側から来たヤツらを相手取るなら意外性も考慮した方がいいぞ」
「ご助言どうも。僕と白坂の方が亜人や妖魔との実戦経験はあると思いますが……で、終わりました?」
「あ。もう死んだか」
殲滅対象の消失により鮫の群れは既に退去していた。ブルーセイバーが釣竿を振って針を回収、途端に海が消失する。元の空き地に戻ったが鬼人の姿はない。地面に残された穴だけが存在していた証明となっていた。
「今回は役を取られましたが、人ならざる魔物や亜人の排除が最近のお仕事なんですよ。目立ちたくないので普段はバレないよう結界を張っているんですけど」
パープルセイバーが歩きながらベルトに触れて変身を解く。
「白坂も関わってるのか?」
隣に戻って来た紫村に尋ねながら、ブルーセイバーも腕時計を模したアイテムに触れて変身解除した。
「ええ。初めに異変を察知したのも彼ですしね。界人の出現とは無関係に現れる魔物や妖怪、亜人といった人外の存在は天上から落ちて来るようで……空中を支配域とする白坂にとっては迷惑極まりない話です」
「アイツは天空の根城でのんびりしてるだろうと思っていたが、んな面倒事になっていたとはな」
「白坂に全て任せるのも申し訳ないので、好みじゃなかったり相性が悪い敵は先程のように下に落としてもらい僕が駆除してます」
「では汝等が代わりに妾と踊ってくださるのですね」
唐突に女の声が紫村と青川の会話に混ざった。即座に紫村は腰のベルトに手を伸ばし、青川は左手の腕時計に指先で触れようとする。
「そんなに焦らないでくださいな」
声の方へ振り向くよりも変身を優先した二人だが、透明な何かに全身を拘束されてしまった。
「くそっ!外れねーぞコレ」
「随分といやらしい縛り方してくれますね」
青川は苛立ちの声を上げ、紫村も不快そうに呟く。太く硬い綱のようなものが足元から肩まで巻き付いて、二人の関節可動域を絡め取り動きを阻害していた。
「動きを封じるだけなのでご心配なく。自分の尾は汚したくありませんから、絞め殺したり引き千切ったりはしないと約束しますわ」
蠢く唇は毒林檎のような深緋、吐く息も言葉も水蜜桃の如く甘やかで瑞々しい。ソレは指の一つも動かすことなく捕縛した獲物を自らの元へと引き寄せた。
為す術もなく人形のように弄ばれる二人が目の当たりにしたのは凄絶な美女だった。緩く巻かれた長髪は燃え盛るような猩々緋。翡翠色の双眸の奥には怪しい金光が宿る。蜂蜜色の肌に華美な濃紺のドレスを纏う女性は、魅せつけるように豊満な胸を張って立つ。
「はじめまして、自称正義の味方さん達。ここに来てから名前が思い出せないので、偽名と役名をもって自己紹介とさせて頂きましょうか」
優雅に一礼してから上げた顔には毒婦の笑み。
「妾はローサ・ホロ・シエロ。転生の女神に望まれし配役は悪役令嬢ですわ」
「悪役令嬢って何だ?」
「さあ?初めて聞きました」
拘束されたまま青川と紫村は顔を見合わせる。
「そう。知らないのですか」
「面白いリアクションできなくてすみませんね」
「構いませんわ。だって妾も正解を知らないのですから。もしかすると異世界ならではの概念かもしれません」
「悪女を言い換えただけじゃねーの?」
「妾も同じように考え悪役令嬢として相応しき振る舞いを心掛けていましたのよ。それなのに女神は何故か憤慨して妾を世界から追放したのです」
悪役令嬢は乳房を揺らして腕を組み、あどけない少女のように小首を傾げる。
「最善を尽くしたはずなのに何が不満だったのでしょう?聖女には育ての親を挽肉料理にして食べさせたり、親友が毒蛇に犯される様を目の前で見せたりしました。聖女が姉のように慕っていた女が孕んだ時には態々臨月を待ってから腹を裂いて胎児の性別当てもしてみせたものです」
悪役令嬢の振り返りを青川と紫村は特に表情も変えずに聴いている。
「第一王子と周辺の男性達の籠絡も順調でしたし、酒池肉林では物足りないのでメデルテ草として阿芙蓉を生産し国ごと堕落させました。きちんと元世界の知識を活かすノルマも達成したはずですのに流刑にされるなんて理不尽ですわ」
「そちらの世界を知らないので具体的な助言はできませんが、雇い主が不満というのなら成果が不足していたのでしょう」
「逆にやり過ぎたんじゃねーの?」
「人に干渉するような神は大概、暇を持て余し娯楽に飢えているものです。容量だけ大き過ぎて満たされることがないんですよ」
「そうか?異世界にも色々あるんだし神様だって千差万別だろうよ」
興味もなさそうに適当なことを宣う紫村に青川は生真面目に返す。
「そういえばあの女神は強突く張りな印象でしたね。まだ献身が足りないのでしょうか。甚だ欲深い神様ですこと……なんて無駄話はこれくらいにしましょう」
軽蔑の目で遥か遠くの空を見上げていた悪役令嬢がふと紫村に視線を移す。
「紫水晶の瞳をした汝、呼び寄せたお仲間はそろそろ来る頃合いでしょうか?ちなみに妾は人の心を読むことができるので誤魔化しは不要ですわ」
見透かすような深緑の瞳は金色の魔力を宿していた。悪役令嬢の言葉や態度に嘘は感じ取れず、じっと見返していた紫村は面倒臭そうに溜め息を吐く。
「成程、厄介ですね。仰る通り既に応援を呼んでいます。もうすぐ来ると思いますが……分かっていたのなら止めれば良かったのに、何故そうしなかったんです?」
「こうも会場が広いと攻略対象を探しに行くのが大変ですもの。自ら来てくれるなら大歓迎、複数人でも無問題ですのよ」
悪役令嬢がドレスの裾を両手で摘み上げると同時に二人の拘束が解かれた。自由になった紫村と青川が怪訝そうな顔をする。
「変身したければお好きにどうぞ。貴族である妾と踊るなら正装が相応ですし、汝等も死ぬなら好きな格好して死にたいでしょう?」
後ろ手を組んで待ちの姿勢となった悪役令嬢を警戒しつつ二人はゆっくり後退りして距離をとる。
「完全に舐められてますね。どうします青川?」
「やるべきことをやるだけだ」
敵を見据えた二人の足が止まった。息を合わせたように同時に指先が動きそれぞれアイテムを起動する。
「変身」
呟いたパープルセイバーをブルーセイバーは不思議そうに見ていた。
「言う必要あるのか?」
「必要はないんですけど何となく気分です」
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