最後の登板

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 あと1回。  この回を抑えれば勝利投手の権利を得られるところだった。  ツーアウトまではなんとか持ちこたえた。  ただ肩に限界を感じた。本人がいちばんわかっている。シーズンの限界ではない。選手としての限界だ。  キャッチャーを呼んだ。若手の有望株だ。 「限界だよ」 「あとひとりっすよ」 「ダメだ。ここで降りるよ」  投手コーチがマウンドに上がってきた。  同じことを伝える。  コーチもすべてを察したようだ。 「これ、いるか」  投げた最後の球を差し出した。 「いりません。捨ててください」  苦笑いした。  マウンドから降り、ベンチに戻る。  監督と目が合った。 「お疲れ」  監督が声をかけてきた。  大好きだった監督ともこれでお別れだと思うとなんとも言えない気持ちになった。 「お世話になりました」  深々と頭を下げた。 「ばーか」 「はい?」 「勘違いすんなよ。お前なんかは先発の資格なんかねえぞ。来年は中継ぎスタートだ。いいか。俺はお前を辞めさせないからな。球団がなんと言おうとな。とりあえずゆっくり休んで治せよ」  気がつくと両目から涙が溢れていた。  来年もやっていけるだろうか、と思った。  でもやらなくてはいけないのだ。  あの監督のためにも逃げてはいけないのだ。  ロッカールームに座り目を閉じると、自分がまたあのマウンドに立ち、豪速球を投げている姿が浮かんでくるのだった。               THE END
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