愛のスキマを歩く

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 授業中、ふとラブレターのことを思い出した。名前だけでも把握しておかないと今後の関係が面倒になることに気づいた。このまま中身を読まないで、接してもいいが万が一返事を急かされるようなことがあっては面倒だ。実際、過去にそういう人がいた。先生の目を盗んで、机の横にかけているスクールバッグに手をか伸ばす。適当に入れたせいで底の方で潰れていた。周りにも悟られることなく、机の下で中身を広げる。 「放課後、教室で待っていてほしい」  文章はそれだけだった。どこにも名前は書かれておらず、溜息をつく。つくづく面倒な人だ。すぐに帰ってもいいが、無視したと悪評を流されたらたまったもんじゃない。こんな告白の仕方じゃ、誰が相手でも振られるぞと警告してやりたくなる。だが、相手が誰であっても放つ言葉は決まっている。潰れた煙草と一緒に丸めてポケットにしまいこんだ。その直後、先生に名前を呼ばれた。バレてしまったかと一瞬焦ったが、問題の答えを言うよう当てられただけだった。既に予習で終わらせてきた内容だったので、すぐに答えを言って着席する。面白みのない授業に飽き飽きしながら、形だけの板書を続けた。  放課後はすぐにやってきて、一人だけの教室になった。グラウンドからは野球部特有のランニングの掛け声が聞こえる。参考書を開いて読んでいたが、いつまで経っても手紙の主は現れない。職員室で管理されているエアコンは帰りのホームルームが終わる時間になると自動的に消される。文化部が使う特別教室は下校時刻までついているらしいが、人づてでしか聞いたことがない。  いい加減待つのも嫌になって帰ろうかと立ち上がった瞬間、教室前方のドアが開いた。現れたのは野球のユニフォームを着た男子。気づけば、外から聞こえていた野球部の掛け声が止んでいた。目の前にいる彼は走ってきたのか、肩で息をしていた。顔を見ても名前がわからない。同学年なのか、後輩なのかすら予想つかない。だが、その答えはすぐに出た。 「待たせてごめん。部活の休憩時間にちょっと抜けてきたんだ」  タメ口で話しかけてきたということは同学年だ。名前をつけようかと思ったが、どうせこの場で終わる関係だ。この人一人にアルファベットを消費するのはもったいない。今後、話す予定もないし、それでいいやと思った。 「私、早く帰らなきゃいけないの。用件はなに?」  用件なんて聞かなくてもわかっていたが、会話の先回りをするわけにもいかず、あくまで純粋なふりをした。何度もこんな場面に遭遇したことあるのにねと、心のなかで自虐の笑みを浮かべる。
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