愛のスキマを歩く

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「あの、噂で聞いたんだけどさ。T大の理工学部に進学するって本当?」  単刀直入に言えばいいものを、なぜそんな回りくどい会話から始めるのか。所詮、手紙に自分の名前も書けないような小心者だもんなと勝手に納得する。 「そうだよ。そこしか受験しないし、そこ以外に進学するつもりもない」 「そうなんだ、やっぱり知ってたけど結愛ちゃんって賢いんだね。俺、もう大会終わって引退しなきゃいけないのに進路のこと考えたくなくてまだ部活に参加し続けているんだ」  そんなこと興味ないよと笑顔で言いたくなる。それに会話したこともないのに、いきなりちゃん付けで呼ばれていることが気持ち悪かった。距離感バグってんのか。緊張しているのが、こちらにも伝わってきて、つられて愛想笑いをする。話を急かそうと、スクールバッグを肩に掛けた。 「話はそれだけ? 私もう帰っていいかな」 「あ、いや、まだ。その……」  突然、帽子を取って直角になるまで腰を曲げた。 「結愛ちゃんのことが好きなんです! 付き合ってください!」  部活のときと同じような声量で告白される。こんな近距離で叫ばれて耳が痛い。放つ言葉は決まっていたが、即答して傷つかれても面倒なので微妙な間を空けた。 「ごめんね。受験に集中したいから、誰とも付き合うつもりはないの」  それを聞いた瞬間、彼は曲げた腰を元に戻した。その顔は、驚きと悲しみが混じっていた。告白してくる男子は振られるとなぜか、みんな同じ表情をする。これで話も終わり、帰ろうと教室の後ろにあるドアへ向かおうとした。だが、再びバカみたいな声量で名前を呼ばれる。 「それじゃあ、受験が終わるまで待っているから! その後でもいいから。お試しでもいいから付き合ってくれませんか」  なんて諦めの悪い男なんだろう。飽き飽きとしてしまい、ため息が溢れる。現実を叩きつけてやるのが、賢明か。 「ねぇ、進路はどうするつもりなの」 「え、俺は……進学できるほど成績も良くないから就職する」  ねぇ、そんなので本気で私と釣り合うなんて思ってるの? 「私ね、自分より格下の男には興味ないの。高校生活のほとんどを部活に捧げてきたのにプロにもなれない。学校の成績が悪いからって理由で就職する。それに話したこともない人間にいきなり手紙を無記名で渡す小心者。そんな奴のどこに魅力があるっていうの?」
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