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新生活10
私はこほん、と咳払いをして気を取り直した。
「お母さんと先生の接点は、できすぎな気もするけどわかった。それからどうなったの?」
「お前の好きな刑事の尋問口調に似てきたな。それで、と。『あら、先生!? 衣純の母です』『どうもご無沙汰しまして』って会話があって。俺が話の中で、次に住む所にも近くにこういう店があるといいんですけどね、って言ったんだ」
「そこにお母さんが飛びついた……」
「文字通り飛びついてきたよ。俺の腕をこう、がしっと掴んでな。その話、場所を変えてゆっくり聞かせていただけませんか!って。あー親子だなって思った」
その後は、併設されてるカフェでパッと話が決まったという。会話を脳内再生すると、こう。
「先生、まだ住む場所決まってらっしゃらないの?」
「探さないと、って考え始めたばかりですから。しかしよく分かりましたね」
「決まっているなら、周辺のお店はとっくにチェックしてるでしょ。きちんと特売日を選んでお魚を買いにくる独身男性ですもの。あ、独身よね?」
「ええ」
「それはなぜかっていうと、選ぶ切り身の数で分かっちゃうの。ああ、ごめんなさいね。ミステリーが好きなもので、つい」
「いえ、何ていうかそういうの、慣れてるんで」
「そうなの? じゃあ、空き家ミステリーなんてどう? 実は私、しばらくアメリカで仕事をすることになったんです。衣純が生まれ育った家だし急いで手放すつもりはないの。ただ、あの子も忙しそうだし、不用心でしょ」
「そうですね」
「先生、うちに住んでくださらない? 家賃とかそういうのは一切いただきません。用心棒? ちょっと違うかな、でもまあそんな感じで」
「一分、検討させてください」
「話が早くて助かるわ。さすがにこういうのは、衣純が嫌がらないって確信できる人じゃないとね。親戚の子が近くにいるんだけど、あの子も今後、お嫁に行ったり仕事が変わったり、いろいろあるだろうし。その点、先生はあの学校にずっとお勤めになるんでしょ?」
「わかりました。その話、お引き受けしましょう。ただし必要経費はこちらが負担します。それと、条件があります」
「なあに?」
「結婚しませんか」
「……なるほど。私の夫という立場なら、怪しまれずにあの家に住めるというわけね。名案だわ!」
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