38人が本棚に入れています
本棚に追加
新生活3
引っ越しは、業者さんがどこも混んでて、ほんとにギリギリになった。入社日の前日。当日じゃないだけマシかも……と思いながら、荷物より少し遅れて実家に到着した。
「すみません、遅くな……って」
業者さんの車まで謝りながら走っていく途中、違和感を覚えて声が小さくなった。ありがとうございましたー、って誰かに言ってる? 大きな車があって、まだ見えないけど。ひょっとしてお母さん、帰ってきてるのかな。
「御苦労様でした」
……え? 男の人。っていうか、知ってる声。この五年間、何度も夢に出てきては私を甘く呼んだ――。
業者さんが私に気付いて、ぺこっとお辞儀をした。私もお辞儀を返した。車が走り去るのを呆然として見送り、できることならいつまでもそうしていたかった。背中に、強烈な視線を感じるから。
五分経過。いつまでもここに立ってるわけにはいかない。深呼吸をして振り向いた。
「お帰り、衣純」
高校の時に付き合っていた担任の先生が、私の家の前に立っていた。「あらご主人、どうも」と声をかける近所のおばさんに、会釈なんかして。
「大変ねぇ、奥さんの留守にお一人で。あら、衣純ちゃん! 帰ってきてたのね。元気?」
「ええ、まあ……」
呆然として曖昧に返した私に、おばさんは追い打ちをかけた。
「いいわね~、こんなイケメンがお義父さんで! 勉さんも素敵だったし、お母さん見る目あるわよねぇ」
「お……」
とう、さん?
単なる彼氏じゃなくて? 再婚したの? 天城恭一郎っていうやたら名前がかっこいいこの人と?
頭の中が沸騰してきた。何? 何で?
聞いてません!
最初のコメントを投稿しよう!