新生活1

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新生活1

「では、これで正式採用ということで」 「ありがとうございます。よろしくお願いします!」  大学卒業後の就職先が決まり、私は期待に胸を膨らませていた。面接から採用手続きまで、私の連絡窓口になってくださった榊さんは、入社したら直接の上司になる可能性が高いという。めちゃめちゃかっこよくて、優しい人。 「ほぼ確定と見ているんですが、優秀な若い人材はどの部門も狙っていまして。私があなたを勝ち取れるよう祈っていてください」 「……人手不足なんですか?」  優秀、とか。私があなたを勝ち取る、とか。ドキドキする言葉が降ってきて落ち着かない。でも気になったから聞いてみた。業績やなんかをリサーチした感じだと、あんまり無理なく働けそうだと思ったんだけどな。 「ははっ、そういう意味ではありませんよ。安心してください。みんな、あなたと働けることを心から楽しみにしているということです。若いお嬢さんに深夜まで残業させるようなことはまずないので安心してください」  フッとかっこよく笑う、ってこういうのをいうんだなあ。ゆるくウェーブのかかった栗色の髪。仕立てのいいスーツ。長身で有能で細かい手続きも率先してこなして、あくまでも優しい。理想の上司だ。「若いお嬢さん」っていう言葉も、言う人によってはカチンと来るのに、この人だとうっとりしちゃう。 「ご期待に沿えるよう頑張ります。入社するのが本当に楽しみです」 「まだ先のことですが、これからの季節は体調管理にも気を付けて。四月には、元気な顔を見せてくださいね」 「はい! あの、それまでの事前準備として、読んでおいた方がいい本などあれば、何か教えていただけたら」 「そうですね……」  それから榊さんは、数冊の本をピックアップして、スマホの画面に表示して見せてくれた。 「お時間があれば、駅ビルの六階の本屋に行ってみてください。そこに全部ありますよ」 「ありがとうございます。よく行かれるんですか?」 「気分転換にね。本の虫なもので」  自分の趣味をちょっぴり内緒で打ち明けるような顔になって、何だか恥ずかしそうなのが、かわいいって思ってしまった。
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