ただいまの呪い

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 学校が終わると、俺は近所のショッピングモールに向かった。母さんへのプレゼントを買うためだ。快のことももちろん心配だが、今は朝喧嘩した母さんのことが一番の気がかりだった。  いろんなお店を二時間程度巡り、最終的に雑貨屋でブランケットを購入した。濃紺の無地だ。寒がりな母さんは以前からブランケットを欲しがっていたが、母子家庭でお金に余裕が無い事情からか買うのを我慢していたようだった。  ブランケットの包みを通学鞄に大事にしまい込み、俺は自宅まで自転車を飛ばした。家に着いたのは20時前。だいぶ遅くなってしまった。  玄関の扉の前で一度立ち止まり、深呼吸をする。 「ただいま」  勇気を出して声を発したが返事はなかった。いつもなら、連絡もせずこんな時間に帰れば玄関まで飛び出てきて「心配したじゃない!」と怒られるのに。  不審に思いながらも洗面所で手を洗い、居間に向かう。廊下を歩く途中、居間のドアの隙間から魚の焼けたような香ばしい匂いが漏れてきた。夕飯の準備をしていて声が届かなかったのだろうか。  そうであってほしい。  ドアを開けると、母さんは食卓に座っていた。 「あら、遅かったじゃない。今日はチロさんの方が先に帰ってるわよ」    母さんは拍子抜けするほど上機嫌な様子で言った。  チロさん?  食卓にはすでに食事が並んでいて、俺を待たずして食べ始めていたらしい。俺の分と母さんの分、二人分でいいはずなのに、なぜか今日は母さんの隣にも食事が用意されている。  そしてその食事の前に——かつては父さんが居た席に——知らない男が座っていた。  男は貼り付けたような笑みで俺を迎えた。まるでそれが普通のこととでも言うように。  目尻の垂れ下がった糸目に、その目と平行に生えた八の字眉。シュッとした鼻筋の下には半月型の口が添えられ、顔の両側には主張が控えめな耳が付いている。短めの黒髪は小ざっぱりとしたツーブロックに整えられ、前髪を軽く横に流している。  絵に描いたような温顔。ただし……。顔も、モスグリーンのセーターの袖からのぞく手も、ぎょっとするほどに真っ白なのだ。まるでファッションショップのマネキンのよう。    母さんは男に向かって親しげに口を開いた。 「チロさんからも何か言ってやってよ。稔ったら最近反抗期で、困っちゃうんだから」  チロさん。またそう呼んだ。男は何も応えない。動かない。眉一つ。本当にマネキンのようだ。 「で、今日はなんでこんなに遅かったの?」  母さんは何事もないように俺に尋ねた。 「……え? えっと、朝喧嘩しちゃったから、謝ろうと思って、それで、あの、プレゼントを」 「あら、そうなの? 別にいいのに」 「これ」  俺がプレゼントの包みを両手で差し出すと、母さんは片手で受け取った。そして包みをビリビリと破き中のブランケットを取り出すと、「あら、ちょうど欲しかったのよ」と言ってそのまま膝にかけ、座り直した。  俺は絶句した。なんだよこれ。この知らない男もおかしいが、それだけでなく、母さんの様子もどこかおかしい。 「さ、稔も早く座りなさいな。ご飯冷めちゃうわよ」  いつもと変わらない声で母さんが言う。俺は一瞬ホッとしかけ、母さんの対面の自分の席に座る。 「じゃあ三人揃ったところで、もう一回いただきますしましょ」  気持ち悪いほどの笑顔で、母さんは言った。
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