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「か、母さん。それよりこの人は、誰?」
俺は当然の疑問を口にした。
「誰って、チロさんに決まってるじゃない」
「チロさんって言われても……どういう関係? もしかして、その、恋人とか?」
「チロさんはチロさんよ」
母さんはそう言い、焼き鮭の切り身を箸で切り、口へと運ぶ。男は笑顔を貼り付けたまま、動かない。よく見れば、食事にも全く手を付けていない。ニヤニヤした顔つきで、ただ俺の方を見ている。
「どうしたの、稔。お腹空いてないの?」
「いや、だって……」
「あっ、もしかして、また快くんたちと買い食いしてきたの? もう、お夕飯は食べられるぐらいにしとかないとダメじゃない。食費だってタダじゃないのよ」
母さんの説教が耳に入らない。むしろ、そんな形だけ取り繕ったようないつも通りの会話が、今の状況の異様さを際立たせている。
なぜ母さんは普通にしているんだ。
なんで当たり前のように、知らない奴が食卓にいるんだ。
コイツは一体、誰なんだ。
「お、俺、先に風呂に入ってこようかな」
「あら、そうなの? お湯は沸かしてあるから、すぐに入れるわよ」
「ありがとう」
上辺だけのやり取りをし、俺は居間を出る。男の方は極力見ないようにした。階段を一足飛びで駆け上がり、自室へ逃げ込む。閉めたドアに背中を預け、床にへたれる。気付けば息が上がっていた。
なんだよ。アイツは誰なんだ。本当に。
最初はほんの一瞬だけ、「アルビノ」という色素異常の人かと思った。けど、そういった類のものでは断じてない。アイツからは、血が通った生き物としての温度が全く感じられない。表情も、質感も、全て作り物のよう。化け物だ。なんで母さんは、あんな化け物を当たり前のように受け入れている。そもそもどうやって家に入って来た。いつ。どこから。
考えても何も分からない。昨日までは確かに普通の母さんだったし、普通の家庭だった。きっかけがあったとすれば、今朝の喧嘩だ。俺が母さんに酷いことを言ったせいで、母さんはおかしくなったのかもしれない。俺のせいかもしれない。
一度そう思ってしまうと、もうそうとしか考えられなくなった。
俺のせいだ。俺のせいで、母さんが。
俺は慌てて立ち上がった。そうだ。俺が酷いことを言ったせいでおかしくなったのなら、発言を訂正して謝ればいい。よく考えれば、俺はまだちゃんと謝っていない。謝ろう。それできっと、母さんもこの異常な状況に気付くはず。全てが元通りになるはず。
今度は階段を一足飛びで駆け下り、居間に飛び込む。
居間に戻ると、ソイツは食事をしていた。
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