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序章 学生生活のはじまり
『憧れることが、悪いとは言わない。けれど、過度な期待は、お前自身も傷つく結果になる。それを覚えておくといい。ただ単にお前の理想を押し付けてばかりでは、落胆するだけだ。だからお前は、本来ならば、ずっとこちらにいるべきなんだ。』
義兄は、そう言って彌生の手を取った。義兄にしてはめずらしく、眉を寄せて情けない顔をしている。
義兄に手を取られたことで、袖がめくれ、彌生の絹のような白い肌が露になる。
義兄は彌生の白磁のような肌が日にさらされることを恐れるように、袖を引き、彌生の腕を隠した。
彌生は義兄の、自分を大事に扱うその態度が好きであった。が、困ってもいた。
『しかし、お前は憧れてしまった。ならば、こちらはお前を送り出すしかできない。みながお前を心配していることだけは、胸にとどめておくといい』
義兄は、彌生の手をゆくりと下ろし、袖口から一つ、とあるものを取り出した。
四角いそれは、義兄に説明されるまでもなく、彌生が喉から手が出るほど欲しがっていたもの──スマートフォンであった。
『そちらに疲れたら、帰りたいと願いなさい。……これは私から、お前への選別だ』
そう言ってスマートフォンを手渡した義兄は、最後に彌生の頭を引き寄せ、唇を寄せた。
義兄のまじないだ。遠い昔にしてもらった記憶がある。
彌生はそれを懐かしく思った。
義兄は彌生の頭を何度もなんども撫でながら、繰り返し繰り返しこう囁いていた。
──お前の帰りを、いつでも待っているよ。
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