悪友ヒロミ

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悪友ヒロミ

 そんな問答を繰り返す日々に、私のアパートを訪ねてきたのは昔の悪友。名前はヒロミ。  彼女は一匹の猫をキャリーバッグに入れ、手土産のケーキを持って話しかけてきた。 「久しぶり。幸せそうじゃないねぇ。アタシも幸せじゃないけどさ。とりあえず積もる話は中でしようよ。上がっていい?」  ヒロミを部屋の中に通す。嫌な予感がしていたが、ヒロミは畳に正座して、何も話そうとしない。 「麦茶でいい?」  私が言うと、 「お構いなく」  と返ってきたので、コップに氷と麦茶を入れ、ちゃぶ台にそれを置いて私から話を始めた。 「何か雰囲気変わったね。どうした? お金貸してと言われてもないよ」 「うん⋯⋯。お金は私もない。自由にできる額が少なくってさ」  話を聞くと、ヒロミには夫がいるが、かなりの精神的虐待を受けており、死ぬしかないと思う毎日だそうだった。  ならば別れたらいいじゃないと言っても、弱気にさせられ続けた反動で、自力で生きていけるイメージができないのだと言う。  働いたことがないから余計に働ける自分を想像できない。私からすればこれは逃避にも思えるが、本人にしてみれば曲がらない真実らしい。  ヒロミはキャリーバッグを引き寄せてすがるように言った。 「この子、私の猫。名前はフク。本当に申し訳ないんだけど、しばらく預かってくれないかな。せめて、ダンナと別れられる日まで。フクがいると、ダンナの怒鳴り声で怯えちゃうから」  猫は音に敏感だから、怒鳴り声の中にいるとストレスなのは分かるけど⋯⋯。 「預かるにしても、どのぐらい? 私、全然余裕ないから、生活環境良くないよ?」  するとヒロミは、スッと茶封筒を差し出してきた。 「これ、100万円。世話代。これがなくなる前にはカタをつけるからさあ」  そしてヒロミは疲れたふうに言った。 「あーあ、あと一回ダンナを選び直せたら、あんなやつ選ばないのになあ」  結局ヒロミは、麦茶には口をつけず、猫とお金を置いて帰って行った。
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