第九話(最終話)

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第九話(最終話)

「わかりました。今から結界を修復します」  私は椅子から立ち上がると、さっと両手を広げ、天を仰いだ。  魔力を溜め込み増大させると、体が熱を帯びはじめた。やがて、白色の光が私の体から溢れ出てきた。  準備は整った。  私は天に向かって、ため込んだ魔力を勢いよく放出した。  すると、結界のホールへと、光の線がまっすぐに伸びていく。 「すばらしい! これは間違いなく聖なる光だ!」  魔法省局員の高ぶった言葉が聞こえてきた。  民衆たちが光の線を追い、ずっと空を見上げている。  やがて、結界に届いた光線は、円状に広がり、結界ホールを包みこんだ。じんわりと空が輝き続けている。その中で、結界ホールはみるみると小さくなっていく。ついには穴が塞がれ、ホールは完全に消失してしまった。 「無事に修復できました」  私は広げていた手を下ろし、ほっと息をはいた。  途端に、民衆たちが喜びの声を上げ始めた。 「これで安心して暮らせるのね!」 「ああ、聖女様のおかげだ」 「けれど、あのアウレリア様は、偽聖女といわれていたのでは?」 「今見ただろ。アウレリア様が結界を修復してくださったんだ。つまり本物の聖女様だということだ」  至るところから、結界修復を喜ぶ声と、聖女を称える声が、私の耳に届いてくる。 「アウレリア嬢、素晴らしい修復魔法でした」  近づいてきたのは、魔法省の年長局員だった。 「魔法省としても、アウレリア嬢を今この瞬間から正式な聖女に認定します。言うまでもありませんが、聖女職は魔法省でも最上級職に位置しております。何かお困りごとがあれば、今後はなんなりと我々にお申し付けください」  これで、国よりも強い力を持つ魔法省の後ろ盾ができたということだ。もう、ファルカン王子を怖がる必要もない。 「あの、少し聞きたいことがあるのですが」  私は局員に尋ねてみた。 「魔法省にセロという男性が働いていませんか?」  三人の魔法省局員が首を横に振った。 「さあ、魔法省には多くの職員がいますので……」 「そうですか。もし、セロという職員がいたら伝えてくれませんか? 一度会いたいと」 「わかりました。戻りましたら調べておきます」  これで、やっとセロと会えるかもしれない。  再会の場面を想像すると、なぜかレオン王子の寂しげな顔が浮かんでしまい、複雑な気持ちになった。   ※ ※ ※  ヒンギス国に戻り三日が過ぎたころ、魔法省から連絡があった。  指輪とブレスレットの出どころを調べたところ、ファルカン王子の関与が認められたのだ。  これにより、メルーサの犯行は、ファルカン王子との共謀だったことが判明した。  それからの魔法省の行動は早かった。聖女に関する犯罪は、世界の安定を揺るがす重大事件として扱われるからだ。  魔法省は二人に対して、国外追放及び牢獄二十年の刑を言い渡した。  刑はすぐに実行され、メルーサとファルカン王子は現在、遠い国での牢獄生活を強いられている。  ただ、残念な知らせも一つあった。  魔法省にはセロという名の職員はいないというのだ。  セロに会えると期待していた私は正直がっかりした。  そんな時、執事のマルコンテが私の部屋を尋ねてきた。  マルコンテが一人で部屋に来るなんて初めてのことで、何かあったのかと少し不安になった。 「聖女アウレリア様、レオン王子の婚約のお話は、お聞きになりましたか?」 「いえ」  王子の婚約の件は、ずっと知りたかったことだった。  ヒンギス国とドミール王国の力関係が逆転した今、レオン王子は望まない政略結婚などする必要がなくなったはずだ。  王子の幸せのためにも、あんなサバナとの婚約はすぐに破棄すべきだと私は願っていた。  けれど。 「まさか、このままサバナと結婚されるのですか?」 「いえ、安心してください。無事に婚約解消となりました」 「それは良かったわ」 「私どももホッとしております。なにしろレオン王子には、子供の頃からずっと想い続けている女性がいますので」 「そんな人がいたのですね」 「はい。私はずっと王子がその方のことを気にしているお姿を見てきました。ですので、なんとかお二人が幸せになってほしいと願っております」 「大丈夫よ。王子はとても魅力的な人だから、きっとその女性とも上手くいくわよ」  マルコンテは私の言葉を聞き、小さく頷いた。  そんな時、誰かがドアをノックした。 「はい」 「アウレリア、入っていいかい?」  レオン王子の声だった。 「どうぞ」  ドアが開きレオン王子が顔を見せた。相変わらず王子は輝いており、直視するのが難しい。 「では、私はこれで失礼します」  王子の姿を見ると、マルコンテは一礼し部屋を出ていった。 「マルコンテが一人で君と会うなんて珍しいね。何かあったのかい?」 「ええ。レオン王子の婚約が解消されたと知らせてくれたのよ」 「また、余計なことを……」 「よかったですね」  自分の言葉が、なぜかよそよそしくなってしまった。 「レオン王子には、ずっと想い続けている女性がいると聞きましたし……」 「……」 「そんな素敵な女性がいるのなら、王子も誤解されるようなことをなさらない方がいいと思います」 「誤解?」 「ええ、こうして私と二人だけで話していると、誤解される方もいると思うわ。何より、あなたが想っている女性が悲しむわよ」 「それなら大丈夫だよ」 「大丈夫じゃないわよ」 「アウレリア、私は確かにある女性のことをずっと想い続けていた。その女性とはこんな約束をしたんだ。立派な騎士になると。立派な騎士になってその女性を迎えに行くと」 「えっ?」  レオン王子は、ヒンギス国第一騎士団の団長でもある。  私がヒンギス国に馬車で向かっていた時、魔物から救ってくれたのは騎士の姿をしたレオン王子だった。  私を守る騎士……。 「私は、その時約束したように、立派な騎士になれたでしょうか」  魔法学校時代、セロが私に言った言葉がよみがえってきた。 「……あなたは、立派な騎士よ」 「では、改めて言いいます」  レオン王子は私の前で片膝をつき、手を差し出した。 「アウレリア、私と結婚してほしい」  よく見ると、王子の差し出された手が微かに震えていた。  レオン王子でも緊張することがあるのだ。子供の頃のセロも、強がっていたけど泣き虫なところもあった。  そんなことを思い出すと、この場でセロを、いやレオン王子をぎゅっと抱きしめたくなった。  でも、そうだった。  私は今、プロポーズされている。  ちゃんと返事をしないと。 「あれから二十年も経つのね。本当に私でいいの?」 「アウレリアでなければ駄目なんだ。これからもずっと君を守る騎士でいさせてほしい」 「ずっと?」 「ずっとだ」 「だったら、お互いが年老いても一緒にいられるの?」 「もちろんだ。最後の最後まで一緒だ」  私は、差し出されたレオン王子の手を取ると、「あなたと結婚します」と答えたのだった。 (完)
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