第一話

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第一話

 どうしよう、不安でいっぱいだ。  今日決めないと、ファルカン王子に合わせる顔がない。  ドットモンド神殿の広間に立つ司祭が厳かに言った。 「さあ、アウレリア、メルーサ、神判の間に進みなさい」  私とメルーサは、司祭の言うままに、四つの柱で仕切られた神判の間に立った。 「今から、お前たち二人のどちらが真の聖女なのか、神の判断を仰ぐ。心を清め、その場に立ち続けるように」  心を清めろと言われても、どうすればいいのかさっぱり分からない。  しかたなく、真面目そうな顔を作り、周りを見渡した。  聖堂の貴賓席に座るファルカン王子の姿が見えた。  きっと王子は、私が聖女であってほしいと願ってくれているに違いない。  なぜなら王子は私にこう告げたのだから。 「アウレリア、君が聖女となったその時に、僕は君と結婚するよ。だから、その日が来るまで、君も他の男と一緒になろうなんて考えないでくれ」  ファルカン王子は私にぞっこんだったのだ。  魔法の天才とまで言われていた私は、二十五歳で王宮に招かれ、ファルカン王子の専属魔法教師となった。王子が十九歳のときだった。  程なく私は、王子に求婚されるようになったが、周囲の反対は凄まじいものだった。王族関係者の全員がこう言った。男爵家の娘で、しかも六歳年上の女など、釣り合うはずがないと。  それでも王子はあきらめなかった。  私が聖女になれば、誰も文句は言えないはずだ、その時に結婚しよう。そう王子は約束してくれた。  しかし、それから五年が経ってしまった。  ファルカン王子は二十四歳となり、私は三十歳になっていた。 「神よ!」  司祭の声が響いた。 「この二人のうち、どちらが真の聖女なのか、どうかお示しください。真の聖女に、聖なる光を届けてください」  私は五年間、神のお告げを待ち続けた。しかし、神はいっこうに私を照らす気配はなかった。  そのため、今回は私の後輩であるメルーサと一緒に神判を受けることになったのだ。  幾重にも張られた魔法陣が輝き始めた。  それを見た大聖堂に集まる人々がどよめき始めた。 「今回は、神のお告げがあるかもしれない」 「アウレリアとメルーサ、どちらが聖女なのだ?」  そんな声がもれ聞こえてきた時だった。  二人のうちの一人に光が集約し始めた。  神殿の間で神々しく輝いたのは、私ではなくメルーサだった。  予期していなかったのか、メルーサは困惑した顔で私を見た。 「どうして私が? アウレリア様のほうが私なんかよりずっと優秀な魔法使いなのに」 「そんなことないわ」  茫然としながら、私はなんとか気丈に振る舞った。 「ここ数年のメルーサは、目覚ましく力をつけてきたわ。それにくらべ私は……」  強がった言葉だったが、あながち嘘ではない。このところ、メルーサの魔力が飛躍的に向上しているのに対し、私の魔力は低下するばかりだったのだ。  若い頃は天才の名をほしいままにしていた私が、三十歳を迎えた今、ただの平凡な魔法使いになってしまっている。 「ついに、わがドミール王国にも聖女が誕生した。なんと喜ばしいことか」  そう声を発したのは、ファルカン王子だった。  王子の顔を見て、正直驚いた。  てっきり王子は、愛する私が聖女でなかったことに落胆していると思っていたが、そんな素振りはつゆほどにも感じられない。メルーサが聖女に選ばれたことが嬉しくて仕方がないような顔をしている。  王子は別に聖女が好きなわけではなく、私そのものが好きなのだから、もし聖女に選ばれなくても、王子はなんとかして私と結婚しようとするはず……。  心のどこかで、そう思っていた。  けれども今の王子の顔を見ていると……。 「さあメルーサ、聖女になった君にお願いがある。これからは僕とともに、わがドミール王国を守ってくれるか?」 「もちろんです、ファルカン王子」  メルーサは目を輝かせて答えた。 「そう言ってくれると話は早い」  ファルカン王子は頷き、次に信じられない言葉を続けた。 「では、メルーサ、聖女となったからには、正式にこの僕と結婚してもらえるだろうか?」 「私などでよろしいのでしょうか」 「もちろんだ。僕は以前から聖女になる女性と結婚すると決めていた。それで今日、聖女が誕生したわけだ。メルーサのことは、前々から素晴らしい女性だと聞いていた。そんな噂を耳にすると、メルーサこそが僕の后に相応しいと常々思っていたのだ。けっして聖女だからという理由だけではない。僕は、メルーサという人間そのものに惚れているのだ」 「これ以上もないお言葉、ありがとうございます」 「では、結婚を承諾してくれたということでいいのだな」 「はい。なんと光栄なことでしょうか」  話はトントン拍子に進んでいった。  ファルカン王子の婚約者は私のはず。いったいこれは……。  私は無意識に言葉を発していた。 「ファルカン王子は私と婚約していたはずでは……」  王子が初めて私に顔を向けた。 「ああ、アウレリアか……。君との婚約は今この場を持って破棄させてもらうよ」 「婚約破棄ですか……」 「ああ、そうだ。アウレリア、僕は君が聖女になると信じて婚約までしたのだ。けれど、どうだ。君は怠惰な生活を続け、結局はこのざまではないか。この五年間で僕はアウレリアの本当の姿に気がついたよ。君は王妃の座を狙う、ただの強欲な女だ」  私が強欲?  王子の側近が私のことをよくこう評していた。  王子に色目を使って后になろうとしている欲深い女だと。  そんなひどい言葉を、王子自身が使うなんて……。 「ただアウレリア、喜ぶがよい。隣国のヒンギス国が君を引き取りたいそうだ」 「引き取る? なぜですか?」 「そんなことは知らん」 「私はヒンギス国になど行きたくありません」 「分かってないようだな。アウレリア、君に選択権などないんだよ。さっそく明日、隣国から馬車が迎えにくる。君はそれに乗って、隣国のレオン王子のもとに行けばいい」  もう明日のことまで決まっているとは。  最初から私が聖女になるだなんて、期待してなかったということか。 「さあ、アウレリア、君との話は以上だ。明日の準備もあるだろう。今すぐこの場を去ってくれ」  私を追い出したいファルカン王子の気持ちがひしひしと伝わってくる。  こんなにもあっけなく隣国に追いやられてしまうなんて……。  聖女でない私など、何の価値もないのだろう。 「分かりました」  私は冷静さを装うためにゆっくりと歩きはじめた。そして、会場中の貴族たちの視線を浴び続けながら、新聖女が誕生した大聖堂を後にしたのだった。
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